第10話:交差する記憶

「母のことを…ですか?」


千代は男性の言葉に戸惑いながらも、興味を抑えきれず質問を返した。男性は少し息を整えた後、静かに頷いた。


「はい。実は、私が青い薔薇をお願いしたのには理由があります。その理由が、あなたのお母さんと関係しているかもしれないのです。」


千代は目を見開いた。昨日の花の注文と母との関係――まさか、そんな繋がりがあるとは思ってもみなかった。


「私の母が何か…?」


彼女が身を乗り出すと、男性は少し躊躇うように話を続けた。


「実は…昔、あなたのお母さんに青い薔薇をいただいたことがあります。それは特別な贈り物で、私にとって人生を変えるきっかけになりました。」


その告白に、千代の胸はさらに高鳴る。母が残した手紙や写真の記憶と、男性の話が重なり合い始めたからだ。


「母が…青い薔薇を?」


男性は懐から一枚の古びた紙片を取り出した。それは色褪せたメモで、母の手書きの文字が残されている。


「心の灯が消えそうなとき、この花が小さな光となりますように――千代」


見覚えのある文字と自分の名前に、千代は息を飲んだ。母が書いたその言葉が、まさか青い薔薇に込められていたとは…。


「この言葉に救われたんです。当時の私は、仕事も人生もすべてが上手くいかず、絶望の中にいました。でも、この花を贈られた瞬間、何かが変わったんです。」


男性の声は震えていた。その真剣な表情に、千代は母の思いの深さを初めて実感する。


「だから、今回も青い薔薇が必要だったんです。私だけでなく、誰かの心を救うために。」


千代はその言葉を噛み締めながら、小さく頷いた。母の遺した言葉と行動が、まだ誰かの心に生き続けていることに感動を覚えたのだ。


「わかりました。もっとお話を聞かせていただけますか?」


そう告げる千代の目には、決意が宿っていた。


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