第9話:母の遺した秘密
おばあさんが帰った後、千代は店の片隅にしまっていた母の古い手帳を取り出した。それは花屋を継いだ際に父から手渡されたもので、長い間開くこともなく置かれていた。
「青い薔薇のこと、何か書いてあるかもしれない…」
母が店を切り盛りしていた頃の記録が、細やかな文字で綴られている。日々の出来事や季節の花の注文内容、客とのやり取りが温かみのある言葉で書かれていた。しかし、どれだけページをめくっても青い薔薇に関する記述は見つからない。
そう思い始めた頃、最後のページ近くに少しだけ違うトーンで書かれた文章を見つけた。
「青い薔薇は、伝えたい思いがある人のために作るもの。その心が本物である限り、花もまた輝きを放つ。」
短い一文だったが、千代の心に深く刻まれる。母はこの言葉を遺し、自分が花を作る理由を託そうとしたのかもしれない。
さらにページをめくると、次に現れたのは一枚の古い写真だった。そこには若き日の母と、一人の男性が写っている。男性の顔はどこか懐かしさを感じさせるが、千代にはその人物が誰なのか思い出せなかった。
「この人が、青い薔薇を贈られた相手…?」
写真の裏には小さな文字で、「Hさんへ、感謝を込めて」と記されている。それ以上の情報はなく、千代は新たな謎を前に立ち尽くした。
その時、店のドアが再び開く音がした。振り返ると、入ってきたのは昨日青い薔薇を受け取った男性だった。彼はどこか迷いのある表情を浮かべながら千代に近づき、言葉を選ぶように話し始めた。
「突然ですが…あなたのお母さんについて、少し聞いてもいいですか?」
予想外の問いに、千代の胸は高鳴った。母の遺した秘密と、目の前の男性の目的――その二つが徐々に交差し始めているようだった。
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