第7話:白い花の贈り物

翌朝、千代は目覚めると同時に青い薔薇の制作に取り掛かった。前回の花とは違う、もう少し柔らかな雰囲気を持つものにしようと考えながら、白い薔薇を染める準備を進める。電話越しの彼の言葉が、どこか胸に引っかかっていたからだ。


「どうして、そんなに急いでいるのだろう?」


思案しながらも手は休むことなく動き、数時間後には美しい青い薔薇が完成した。色味は前作よりも控えめで、どこか儚げな印象を持っている。それを見つめる千代の心に、かつて母が言った言葉が浮かんできた。


「花は贈る人の心を映し出すものよ。」


この薔薇が届けられる先にある物語を知りたい――そんな気持ちが芽生えつつある中、店の扉が軽やかな音を立てて開いた。


現れたのは、昨日電話をしてきた男性だった。彼は少し疲れた表情を浮かべているが、その瞳には何か強い意志が宿っていた。


「お待たせしました。新しい青い薔薇です。」


千代が花を差し出すと、彼は驚いたように目を見開き、その後静かに受け取った。


「こんなに早く…ありがとうございます。」


彼は花を抱きしめるように持ち、深く頭を下げた。その仕草から、花に込められた特別な意味を重く受け止めていることが伝わってくる。


「どうか大切に届けてくださいね。」


そう千代が言うと、彼は小さく頷き、店を後にした。その後ろ姿を見送りながら、千代の中である思いが強まった。


「贈る人の心を映し出す花…この花がどんな物語を紡ぐのか、いつか知ることができるかしら。」


青い薔薇の制作は彼女にとって、単なる仕事以上の意味を持ち始めていた。母が遺した手紙の言葉が、現実の出来事と重なり始めているように感じられるのだ。


千代は店内に戻り、次の花の準備を始める。その手元には、一本の白い薔薇が置かれていた。


「次はどんな心がこの花を求めるのだろう。」


彼女の心には、花を通じて人の想いに触れる喜びが、少しずつ広がり始めていた。

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