第6話:記憶の中の影
夜が更け、店の灯りを消した千代は、静まり返った作業スペースで母の手紙をもう一度読み返していた。その短い文章の中に込められた、母の想いを感じ取ろうとするうちに、一つの記憶が頭をよぎった。
それは、幼い頃に母と二人で訪れた古い公園のことだった。初夏の穏やかな陽射しの中で、母がふいに「青い花の伝説」を話してくれたのだ。
「青い花は、どんな困難も乗り越える力を持つ。でも、その花を見つけられるのは、真実の心を持つ人だけなのよ。」
その言葉を千代は子供ながらに神秘的だと感じたものの、特に深く考えることはなかった。しかし今、その記憶が再び胸に浮かび上がり、母があの時何を伝えたかったのか、少しだけ分かる気がした。
「真実の心…」
そう呟いた千代の耳に、突然電話のベルが鳴り響いた。時計を見ると夜の10時を回っている。不意の電話に驚きながら受話器を取ると、聞き覚えのある男性の声が聞こえた。それは青い薔薇を注文したあの若い男性だった。
「夜分遅くにすみません。実は…お願いがあって。」
声には何か緊張感が滲んでいた。千代が続きを促すと、彼はこう続けた。
「妹が青い薔薇をとても気に入ったんですが、もう一本、どうしても必要なんです。今すぐとは言いません。ただ、近いうちに…」
千代は少し考えた後、静かに答えた。
「分かりました。でも、青い花には特別な意味があることを知っていますか?」
彼は少し間を置いて答えた。
「ええ…だからこそ必要なんです。」
その言葉の裏に、彼の中に隠された何か大切な理由があるのだと千代は感じた。
「なら、準備しておきますね。」
電話を切った後、千代の中で再び母の言葉がよみがえった。「真実の心」を持つ人――それは、この男性のことなのだろうか。千代は白い薔薇を手に取り、次の作業の準備に取りかかることにした。
青い花の物語はまだ続いている。そしてその先に、母が遺したもう一つの秘密が隠されているような気がしてならなかった。
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