第2話:忘れられた注文

翌朝、千代がいつものように店を開けて準備を始めていると、ふとカウンターの隅に置かれた古いメモが目に留まった。それは母の時代から使われている注文帳の一部だった。何気なく手に取って見ると、そこには淡いインクで書かれた文字が並んでいる。


「青い薔薇を一輪、月末までに届けること。」


短いながらも端正な字で書かれたその注文は、いつのものかは不明だった。しかし、なぜか千代の心を引き付けて離さなかった。青い薔薇――それは自然界には存在せず、特別な技術で作られる稀少なものだ。その言葉の響きに、昨夜の男性の言葉が重なる。


「青い花が好きだった、と言ってたわね…」


偶然なのか、それとも何か意味があるのか。千代は少し考えた後、この謎の注文を追うことに決めた。母の残したメモである以上、無視することはできない。


棚の奥から古いアルバムを引っ張り出してページをめくると、母が大切にしていた写真の中に、青い薔薇を持つ女性の姿があった。どことなく懐かしい雰囲気をまとったその女性は、母と同じ時代を生きた人だろうか。


「この人が注文主だったのかしら…?」


その時、店の扉が勢いよく開いた。慌てた様子の若い男性が駆け込んできた。

「すみません!急なんですが、青い花を作ってもらえませんか?」


また青い花。千代の胸に奇妙な一致が響いた。

「青い花というのは、何か特別な理由が?」


男性は息を整えながら答えた。

「妹が入院していて、彼女の大好きな青い花を届けたいんです。でも、どこにも売っていなくて…」


その言葉に、千代は決意した。母が残した注文と昨夜の出来事、そしてこの男性の願い――全てが繋がっているように思えた。


「任せてください。必ず、素敵な青い花を用意します。」


彼女の声には、いつになく確信が込められていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る