第9話:贈り物の帰り道

光彦は店を出ると、手にしたアジサイの花を大切そうに抱えながら歩き出した。夕暮れ時の町並みが、少しずつ灯りをともしていく。彼の足取りはどこか軽やかで、心なしか背中も伸びて見える。


アジサイは、春の終わりから夏にかけて咲く花だ。光彦はその花が母の顔を思い起こさせることを知っていた。母が庭で手入れをしていた頃、彼の小さな手を引きながら、花の名前を教えてくれた。あの穏やかな日々が、今でも心の中で色鮮やかに蘇る。


「母さん、これを贈るよ。」


光彦は小さな声でそう呟く。少し照れくさい気持ちを抱えながらも、母に届けるその気持ちは本物だった。


帰り道、光彦は何度もその言葉を繰り返しながら、歩を速めた。母の笑顔を思い描きながら、彼は今まで以上にしっかりと足を踏み出していった。


そして家に着くと、光彦はアジサイの花をそっと母の部屋に飾った。彼の目には、母の嬉しそうな表情が浮かんでいるような気がした。

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