第8話:花の贈り物
春の終わりを感じさせる暖かい日差しが、商店街にそっと降り注いでいた。千代は花屋の店先で、昨日仕入れたばかりのチューリップとアネモネを並べながら、ひと息ついた。ふと、入り口のドアが開く音が聞こえ、光彦が店に足を踏み入れてきた。
「こんにちは。」
いつものように静かな声で挨拶をする光彦に、千代は微笑みながら手を止めた。
「こんにちは、今日は何を買うのかしら?」
光彦は少し考えるようにしてから、カウンターに近づき、静かに言った。
「今日は……母に、少し特別な花を贈りたいと思っています。」
その言葉に千代は少し驚いた。いつもは母親のことを話すとき、どこか遠くの存在として話すことが多かった光彦。しかし、今日は違った。彼の目には、確かな決意が込められているように見えた。
「特別な花?」
千代が尋ねると、光彦はしばらく黙った後、ゆっくりと答えた。
「母がずっと好きだった花が、あるんです。もう一度見せてあげたいと思って。」
千代はその言葉にじっと耳を傾けた。
「その花は……?」
光彦は少し照れくさそうに答える。
「アジサイです。母がよく、庭で育てていたんです。」
千代はその言葉を受けて、棚からアジサイを取り出しながら、静かに笑顔を浮かべた。
「アジサイか、素敵な選択ね。」
光彦の表情には、ほんのりとした優しさが宿っていた。
千代はアジサイを丁寧に包みながら、光彦に話を続けた。
「お母さんが喜んでくれるといいわね。」
「ありがとうございます。母には、いつも感謝の気持ちを伝えたくて。」
その言葉に、千代は心から頷いた。花はただの飾りではない。贈る人の気持ちを伝える大切な手段だ。それに気づいた光彦の表情には、これまでとは違う深い感謝の色が見て取れた。
「どうぞ、気をつけて帰ってね。」
千代は光彦に微笑みかけ、花を手渡す。光彦は小さく頷き、静かに店を後にした。
その背中を見送ると、千代はふと胸の中で、花が持つ力の大きさを感じずにはいられなかった。
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