第7話:小さな気づき
光彦が店を去ったあと、千代はカウンターに腰を下ろし、そっと窓の外を眺めた。ピンクのカーネーションとすずらんを抱えて歩く光彦の背中が遠ざかっていく。その姿を見送りながら、千代の胸には不思議な感覚が芽生えていた。
「母親思いのいい子ね。でも、あの子自身も少し元気が必要なんじゃないかしら。」
それから数日が経った。光彦は毎日決まった時間に店を訪れ、少しずつ違う花を手に取るようになった。最初はすずらんだけだったが、今ではカスミソウやラナンキュラスにも興味を示している。
「今日は何にする?」
千代が軽く尋ねると、光彦は迷うように店内を見回した。
「どれもきれいで、選ぶのが難しいです。でも……すずらんは外せませんね。」
千代は小さく笑いながら、彼のために花を丁寧に包んだ。
「この前のカーネーション、どうだった?」
「とても喜んでいました。母の部屋が少し明るくなった気がします。」
その言葉を聞いた千代は、どこか自分の心も晴れやかになるのを感じた。花には不思議な力がある。見る人の心を癒し、思い出を優しく包み込む力だ。
光彦の顔には、初めて店を訪れたときよりも少し柔らかな表情が浮かんでいるように見えた。その変化に気づきながら、千代は静かに微笑んだ。
「また明日もおいでね。今日は新しい花を入れる予定だから。」
「はい、楽しみにしています。」
光彦の声には、ほんの少しだけ明るさが宿っていた。
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