第6話:花が紡ぐ縁

雨が上がり、再び青空が顔を出した翌日。千代はいつも通り店を開け、花の手入れを始めていた。商店街には子どもたちの声が響き、町全体が活気を取り戻しているようだった。


ふと、千代の目に光彦の姿が映った。彼は少し遠くから店を見つめているようだったが、すぐに気づかれないよう足早に歩き去っていった。その様子を見て、千代は小さく笑った。


「素直じゃない子ね。でも、そういうところもいいわ。」


その日の午後、花屋に一本の電話が入った。電話の主は遠方に住む千代の娘、春子だった。

「お母さん、元気にしてる?」

「ええ、毎日忙しいくらいよ。あんたはどう?」

久しぶりの親子の会話に、千代の心は温まった。


春子との話の中で、ふと千代は光彦の話題を持ち出した。

「最近ね、よくすずらんを買いに来る子がいるのよ。無口だけど、優しい子でね。」

「ふーん、それって少し気になる人なんじゃない?」

春子のからかいに、千代は笑いながら否定した。


電話を切ったあと、千代は光彦のことを思い出していた。あの無口な青年の背景には、深い思いが隠れているのだろう。すずらんを届けるという行動だけで、彼の優しさが十分伝わってきていた。


その夕方、光彦が再び店を訪れた。今回は珍しく、すずらん以外の花にも目を向けている。

「何か探してるの?」

千代が声をかけると、彼は少し照れたように答えた。

「少し、華やかな花を……たまには、違うのもいいかと。」


千代は微笑みながら、ピンク色のカーネーションを手に取った。

「お母さんにこれを。すずらんと合わせたら、きっともっと喜ばれるわよ。」

光彦はその花を見つめ、静かに頷いた。その目には、わずかに温かさが宿っていた。


花を包む千代の手はどこか軽やかだった。花が紡ぐ縁の力を感じながら、彼女は静かに青年を送り出した。

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