8
カリフォルニアとアリゾナに、さしあたって目標を絞った。時は一九四一年。それは間違いないだろうと、イアン・テイラーも太鼓判を押してくれた。
――モーリスさんが、十一歳だったからですか。
テイラーは、逆ですよ、と首を横に振った。四一年だとわかったから、十一歳だったと計算したんです。
――なぜ、その年だと?
あまりブログに書くような話ではなかったので、と云って、語るべきではないことをあえて語ろうとするように、彼は表情を固めた。――第二次世界大戦、開戦の年です。父は不思議と、そう念を押していました。
科学はとっくに無垢ではいられなくなっていた。
一九四一年の南西部。時間と地域を絞ることができれば、ラジオ番組をさがすことも非現実的な話ではなくなる。地域で最大の図書館を当たることにして、わたしはまたロビンにメールを送った。
「今度は反対だね」
急な連絡も気にせず、翌日、大学図書館の前で、彼女はわたしを迎えた。建設は十九世紀末。UCLAの記憶保管庫。あと必要なのは、検索と閲覧、そして根気。ここでなにもわからなければ諦めようと決めた。
ハイスクールをそそくさと卒業し、大学に進学しなかったわたしは、このときはじめて図書館と云う場所へ入ったことに、まだ気づいていなかった。
ずっと何かになり損ね……
「存在を確かめたところで、どうするの? ラジオ局に問い合わせる?」
「八十年前の番組の録音なんて保管してない。でも、雲を掴むようだったいままでより、ずっと――」わたしは言葉をさがした。「――見通しが良くなる」
ロビンは頷いた。
「視界は良好じゃなくちゃね」
いつも何かを見間違え……
「そうだ」とロビンは、半日作業を手伝ってくれたあとに云った。図書館の新聞閲覧室から覗く景色は暗くなっている。「折角ロスに来たんだから、楽しまないの?」
「明日と明後日は空いてるけど」
「じゃあ、さっさと終わらせて、観光に行こうよ。どこに行きたい?」
ひたすらどこかに行き損ね……
「父さんの故郷」思いついたことをそのままこたえた。虚を突かれた様子のロビンに向けて、付言する。「あるいは、あなたの」
しかし、なり損ねたことも見逃したことも行き損ねたことにも、気づくことがなかった。
そして二日目の昼、わたしたちはそれを見つけた。
地方紙の広告欄だった。日付は一九四一年、十二月七日。明日の夜に『火星の旅人』と云う、空想科学番組を放送予定。時刻は午後七時から。
ドラマティックなことは何も起こらなかった。疲労で投げ出したくなり、空腹が耐えがたくなった頃、その広告はするりとわたしの視界を横切ったのだ。
「存在したんだね」ロビンが云った。「ママにとってだけじゃない。パティのパパにとっても」
「これからは、わたしにとっても、ロビンにとっても」
広告は道標となって、次の道をさしていた。番組の放送は西海岸限定のローカルな局から。番組はオリジナル。プロデューサーは、マーティン・ミュア・キャンベル。主演、エドガー・アイアランド、およびリンゼイ・ローレンス。
あと必要なのは、検索と閲覧、そして運。
必要なものは持っていた。わたしは賭けに勝ったのだ。エドガー・アイアランドは現在も、ハリウッドの俳優一覧に登録されていた。実質引退した状態にある、百歳のご老人。一世紀ぶん生きた人間が存在することを、わたしは直感で理解できなかった。ほかのみんなが死んでゆくなか、残ったものが生きて、生きたものが残る。それは人間を超えた理屈。
――わかる?
わかる。いまなら。
ロスで過ごした最後の日、ロビンはわたしを家に連れて行ってくれた。郊外に近い一軒家は、矩形を基本としたスタイリッシュな外見だった。宇宙的、と云ってもいい。彼女は母親の遺したものをそのままにしていた。火星に消えたひとの自室は、埃っぽく、けれど汚れはなく、定期的に掃除されているのがわかった。
「そう云えば、お父さんは?」
「んー、いないよ」
問うてから、軽率なことを云ってしまったと悔やむ。けれどロビンは、変わらずにこやかだった。
「あはは、騙されたね。LAにはいないってこと」
「じゃあ、いまは――」
「ヒューストンにいる。ママとパパはそこで出会ったから」
もうすぐ帰ってくるんだよ、と云ってロビンは頬を掻いた。「ママをさがすのをいったん休んで、もうすぐ帰ってくる。この家に。たぶん、仕事を辞めるつもりで」
ロビンは悪戯っ子のように笑った。暗くなった部屋に彼女が灯した明かりが目に染みた。
「だから、引っぱたいて送り返してやるんだ」
わたしは笑った。
死んだものが残らなくとも、残されたものは生きている。
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