一人の部屋に二人
帰ってきたアパート。金属の冷たいドアを開けても僕を迎えるのは部屋の中の冷えた空気だけ。言ってしまえばここは外と何も変わりゃしない冷めきった部屋だ。
後ろ手でドアを閉めて、靴の踵を踏んで脱ぐ。脱ぎ散らかった靴を揃えるため振り返った僕の顔の前、メタルのドアに
さっきの彼女の顔。
彼女のくりッとした眼と見つめ合ってから僕は、
「なんでついてきとるのキミィ!」とそう真っ先に突っ込みを入れた。
半分透過している女性の首から上が物理のドアを突き抜けて自分の目の前、真正面にあるという圧倒的な
はっきり言ってこの時の僕の思考はあいにくと終了していた。
「ついて来たと言うか離れられなくなったというか引っ張られたと言うか。」たははと彼女は頬を人差し指で掻きながそう言った。
「えっと。その、これってさっきの冥婚の効果だと思います。多分。私、あなたから離れられなくなっちゃったみたいでズルズルと。」続けて身振り手振りを合わせて彼女は僕にそう説明する。普通の体調であれば理解することを拒むであろう超常現象。けども寝不足と空腹で夢と現の狭間にいる僕は素直に受け入れてしまい、あっそうなんだ。大変だねぇ。とまるで井戸端の世間話を捌くように返した。
「驚か…ないんですね。」僕の対応に彼女はあきれの様な驚きを見せた。
「目の前に君がおるけんねぇ。ま、玄関やとなんやしあがって。」あまつさえ僕は彼女を部屋に迎え入れてしまう。男友達すらも入れた事のないとっ散らかった一人の部屋に。
「じゃぁ、お邪魔します。…散らかってますね。」初対面というに全く失礼なことをあけすけに彼女は言った。
確かに僕の部屋は少し前から続く忙しさで掃除などしていなく、今思えば人を招き入れられるような状態でない恥ずかしい部屋だった。
「まぁ、自分一人しかいつもはおらんしね。」
「あ、汚いって意味じゃないですよ!」
「とりつくろわんでよかよ。わかっとって仕方なしそのままにしとるだけやけん。」僕はとりあえずテーブルの周囲のモノを雑にどけてスペースを確保すると彼女をそこに案内してから台所へと行って腹の虫に飯をやることにした。
夜から何も食わずにケーブルをさばきキーボードを叩き基盤をにらみ続けていた僕は空腹の極みにあって、なんでもいいから腹に入れたかった。
「手早そうなのはやっぱりあれか。」パッと思いついたものを作り始めた僕はパックご飯を一つ取って
「……。」少し手を止め考える。
ちらりとテーブルの方に眼をやって
「だよな。」とパックご飯をもう一つ追加で取って計二つを電子レンジにぶち込む。チンがされる間にフライパンに卵を二つ割り入れサッと火を通してバターを落とす。完成した飯は、ご飯にバターをきかせた目玉焼きを乗せて醤油をかけただけのもの。
「男飯ですまないけど。」皿にも移さずパックのままのそれを彼女の前にもサーブする。
「いえ、私食べられませんし多分。」ほら。と彼女は白魚の様な指を箸に透かす。だろうとは僕も思っていた。
「やけどさ、自分だけ食うて君に何も出さんのは落ち着かん。一緒に食べて。じゃ、いただきます。」
二つの声が一つの部屋に響く。
パックご飯と目玉焼きの軽食だ。あっさりと食べ終えた僕は口をぬぐうと、彼女を見た。
彼女はにこりと僕に笑い返してきた。
僕はその笑みに気恥ずかしくなって彼女から目をそらして天井をみる。そして彼女とこの状況に少し考えた。
このまま部屋に二人だけでいるというのもなにか気まずい。
さらに、ここで僕が寝たりでもしたら彼女はさらに居心地が悪くなるだろう。
かといって何かするにしてもだ。
それは彼女に不公平だ。
ならば場所を変えた方がいいだろう
少しの間でそう考えた僕は彼女を外に誘うことにした。
「腹が落ち着いたし気分転換したいから外、いかない?」理由などはどうでもいい。
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