冥婚のアクアノート
作久
モノトーンの部屋と駅前の彼女
今、僕はワンルームアパートの広い部屋でモノトーンの冷えた空気の中にただ一人でいた。
昨日はもう一人、短い時間ではあるのだが僕以外に女性が一人一緒にいた。
名前を聞いてないので彼女と呼ぶしかない女性がいた。確かにいた。
はずなのだが、それはまるで僕の妄想かせん妄だった様に今彼女は跡形もない。まだあれから24時間もたってないのに、あの日は本当にあったことなのだろうか。
いや、あったことだし、彼女はいたはずなのだ。なぜなら僕は色に満ち溢れた暖かなあの昨日を覚えているのだから。
事の始まりはあの駅での彼女との出会いからだった。
昨日の朝の僕は泊まりの研究の帰りで脳の中身がぼーっとしたまま、家の最寄り駅を歩いていた。駅舎から出た外の空気はキリッとしてすごく硬い。それが脳疲労で浮ついている僕の頭のタガを締め直してくる。
駅前を行く人の流れは仕事へ向かうために駅へと吸われていく人ばかりで、僕のように帰路につく者はいなかった。その人流に脚をさし、人波に逆らって歩いていく。一人暮らしのアパートの薄い毛布が恋しかった。
足早に帰っている僕の耳にとても慌てた女性の声が聞こえて来た。
その声は「だれかこの封筒ひろってくださーい。」と大きな声で言っていて、声のする方に目を向けると髪をお団子に結い上げた“彼女”が一人いた。
眼鏡もかけている彼女は、足元にある赤い封筒を拾ってほしいと周囲の行きかう人に熱心に頼んでいるのだが誰もそれを拾ってあげようとしない。それどころか、駅前を行きかう大量の人々は彼女の存在自体見えていないのか、または認めていないのかと言うほどに全く持って完全に彼女を世界から無視していた。
その大多数の見せた不親切さに腹が立った僕は彼女が拾ってと頼む赤い封筒を拾い上げると
「はい。」と彼女に手渡した。
「え?」してほしいと熱心にお願いしていたのに、されたらされたで驚いている不思議な彼女。
彼女の手に乗せた赤い封筒から僕が手を離すと、それは彼女の手をスポッと真下にすり抜けて路上へ落ちた。
まるで通り抜けるかのようにすとんと。
物体がすり抜ける人の手も、人の手をすり抜ける物体もあるわけがない。僕は目の前で見たその現象を疲労からくる見間違いだろうともう一回拾い直して赤い封筒を彼女に再度渡す。毛布恋しい僕は彼女がそれを掴んだかを確認せず
「じゃ。」と短く彼女に会釈して僕はつま先を家路へと向け足早に駅を後にした。
そんな短いやり取りがあの愛らしい彼女との出会いで、これが昨日の始まりだった
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