体験談 近づいてくる③
あの晩、自宅のドアを閉めてからしばらく考えこんだんですけど、「やっぱり距離を取るしかない」って結論になりました。幸いなことに、動画の収益のおかげで多少の蓄えはありますし、仕事柄いつでも移動できるんですよ。だから、とにかくできるだけ遠いところへ逃げようと思いました。
まずは実家のある愛知まで行くことにしたんです。始発の新幹線を予約して、夜が明けるまで待って、荷物をまとめて飛び乗りました。東京から愛知って、直線距離だと二百キロ以上ありますよね。あれがどんなに歩きづめでも、少なくとも三日はかかるはずだって踏んだんです。眠れないまま朝になってしまったんで、車内で少し仮眠を取りました。目を閉じたら遠くにモヤが見えるような気がしたんですけど、「もう無理やりでも寝なきゃ身体がもたない」って自分に言い聞かせて、無視してうとうとしてましたね。
実家に着いてからは、まず両親に顔を見せて、適当に仕事が忙しいからしばらく泊まらせてもらうって言って、自分の部屋に引きこもりました。そこに昔使ってたパソコンがあったんで、それで検索しまくったんですよ。「白い積石 崩したら呪われる」とか「近づいてくる妖怪」「歩いて追ってくる伝承」とか、片っ端からキーワードを入れて。でも、ピッタリ当てはまる話はなくて、一番近いのが賽の河原で、子供たちが石を積むとか鬼が壊すとかいう伝承くらい。でもあれって、積んでも崩されるのが延々続くって話じゃないですか。壊したら“何か”に追われるなんて聞いたことありますか?
それで、知り合いにもちょっと相談したんです。「頭の病気じゃないの?」って言われて。当然ですよね。実際、自分でも疑ってましたから。まぁ、こういう怪談によくあるじゃないですか、話したら相手に移るとか。でも、あれは全然移ったりなんかしないんです。他の人にどれだけ話しても、誰も何かに追われる様子なんてないし。
地元の神社にも行ってみました。無理を言って神主さんに時間を取ってもらって。事情を話して、いちおうお祓いみたいなこともしてもらったんですけど、「特に何もついてない」とか「不安が有りもしないものを見せることがあるから心を落ち着けてください」とか言われただけで、あまり真剣に取り合ってもらえませんでした。そりゃそうですよね。俺が感じてるものを神主さんが見られるわけもないし。
それでも、あれは相変わらずこっちに向かってくるんです。日を追うごとに、目を閉じた暗闇の向こうにあれが見える。ゆらゆら体を揺らしながら、ぺたぺたと歩いて、あの速度で、確実にこちらへ近づいているのが、どうしてもわかってしまうんです。なので、遠くにいるって分かっていてもロクに寝られませんでした。
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