体験談 近づいてくる②
あの日からでした。“あれ”を感じるようになったのは。
積石を崩した翌日の夜、別の場所で撮影を終えてホテルに戻ってきて、いつものようにベッドで目を閉じたんですよ。そしたら昨日よりも、あの白いモヤがさらにはっきり感じたんです。しかも今度は、自分の斜め下に”居る”っていう感覚がはっきりあったんです。
最初は「下ってなんだ?」って不思議に思ったんですけど、すぐに「階段を上がってきている」って気づきました。そのとき、ホテルの7階の部屋に泊まってたんです。目を瞑って感じた位置を考えるとどうしても階段の位置にいるって分かってしまって。「一歩一歩、ゆっくり階段を昇ってきてるんだな」って意識した瞬間、ものすごく怖くなりましたね。なんでわかるのかは説明できないんですけど、とにかくわかるんです。距離もそうだけど、“あれ”が向かってる方向まではっきり伝わってくるんですよね。
怖くなって、慌てて荷物をまとめて部屋を飛び出しました。移動中は基本ずっと目を開けていたんですけど、やっぱり確かめたくなるというか、逆に閉じてみないと実感が持てないんですよね。で、エレベーターで下に降りるときだけ目を閉じたら、あれが階段を一段ずつ昇る感じが、はっきり伝わってきたんです。しかも俺がエレベーターで下がっていくのと、あれが上へ行くのが、すれ違うみたいに感じられて……もう夢でもなんでもない、確実に何かが動いてるんだって確信してしまいました。
フロントに降りると、夜中で待ち客はいなかったんですが、チェックアウトの手続きが妙に時間かかって、そのときは内心かなり苛立ちましたよ。でも「よくわからない何かに追いかけられてるから急いでくれ!」なんて言えないじゃないですか。早くここから出たい一心でチェックアウトして、そのままちょうどホテルの前に泊まってたタクシーを拾ったんです。
タクシーの後部座席に乗り込んで、自宅までひとっ走りしてもらうことにしました。だいたい一時間くらいかかる道のりなんですけど、落ち着かないから車内で何度か目を閉じるじゃないですか。そしたら、あれがまだホテルを出たばかりで、ゆっくりと外へ出てくるイメージが浮かぶんですよ。まるで誰もいないロビーをスーッと抜けて、通りに出たかと思うと、そのまま俺のほうに向かって歩き始める——そんな様子が手に取るようにわかるんです。もう背筋がゾワゾワして、たまらなかったですね。
それでも無事に自宅に着いて、ドア閉めて電気を点けたときはさすがにホッとしましたよ。でも、もう一度目を閉じると、やっぱりあれがいるってわかるんですよ。まだ遠いところにいて、歩く速度は相変わらず遅いみたいですけど、あのペースでも半日もあれば家まで来ちゃうなって……。そう思った途端、心臓がバクバクして、ここにいても時間の問題かもしれないと考えると、いても立ってもいられなくなりましたね。
「こんなの、絶対おかしい。俺の頭がおかしくなったんじゃないか?」って何度も思いました。でも、不思議なことに思考だけは妙にクリアなんです。それでいて“追いつかれたくない”っていう恐怖心も確かにある。だから、その日から俺は、“それ”からとにかく逃げるための準備を始めたんです。
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