怪異とかホラーとか
宇宙芋虫
体験談 近づいてくる①
「あの頃は都市部の撮影が多かったんですよ。派手な場所のほうが視聴回数が伸びることが多いし、あのときも都心からそう遠くない繁華街を選んで、夜景を背景にVlogを撮ろうと思ったんです。橋の上から見る景色がきれいだって評判でしたし、人通りが多いところなら絵になるだろうなって。
●●●橋にはちょうど夕日が沈むくらいの時間に到着して、夜になる前にカメラを回して近況とか喋ってたんです。夕暮れの景色を背景にしゃべってる映像って、わりとウケがいいんで。それなりに人はいたけど、もちろん邪魔にならないように端に寄ってですよ?
そしたら橋の欄干の隅のほうに、真っ白な石が積んであったんです。石って言っても一番大きいので握りこぶしぐらいのコンクリートの破片みたいなものが、ペンキか何かで白く塗られていて、それが十個くらい。細長い塔みたいな形をしていて、「なんだこれ?」って思ったけど、特に案内板も見当たらない。観光客の子どもが遊びで置いたにしては変だし、でも動画のネタにするほど興味も湧かなかったんです。崩すのもさすがに目立つ気がするし、特に近づいて撮ったりもしませんでした。
で、夜になってくるとやっぱり名所だけあって、どんどん人だかりが増えてきて。俺も撮りたい映像はだいたい撮れたので、『そろそろホテルに戻ろうかな』って思ってカメラをしまおうとしたんです。そしたら、後ろから人の波がグッと押してきて、こっちも油断してたもんだからふらついて……そのとき手をついた先に、あの白く塗られた石があったんですよ。
バランスを崩した勢いで、あの石を思いっきり崩しちゃったんですけど、正直、その瞬間にものすごい嫌な感じがしたんですよ。なんて言うか、一瞬だけザワッと寒気がするというか、『やばいことしちゃったな』って胸のあたりがグッと重くなる感じ。ガキの時に親が留守中に家の花瓶を割っちゃったときの、取り返しのつかない焦り……あれに近いのかな。『とりあえずなんか言い訳考えなきゃ』って思わず自分に言い聞かせるような、変な罪悪感が一気に押し寄せたんです。
でも、その感覚はほんの一瞬で消えて、周りを見渡しても誰もこっちに気づいていなくて。人が多いからでしょうけど、みんな普通に写真撮ったり、スマホいじったりしてる。『もしかして大事なもの壊したんじゃ……』って気がかりはあったんですけど、何しろ周囲がまったく関心を示していないから、自分も『まあ、仕方ないか』って気持ちになって、その場を離れちゃったんですよ。
その日の夜は、ホテルで撮影した映像をざっとチェックしてから、すぐ寝ようとしたんです。普段から旅先だと多少寝付きが悪いほうなんで、とにかく目を閉じて“何も考えない”ようにするんですけど……なかなか眠れなくて。目を閉じてると、なんとなく部屋の輪郭とかイメージできるじゃないですか? 自分がベッドに横になってて、机がこのへんにあって、窓があっちにあって……って、うっすら頭の中で想像しちゃう感じ。そのときも、部屋の中をぼんやり思い描いてたんですよ。でも、ふと気づいたんです。
『あれ、なんか遠くのほうに白いモヤみたいなのがある』
部屋の外っていうんですかね……部屋のイメージの端っこ、ずっと先の真っ暗な空間に、霞みたいなものが見えてる気がして。普通なら“気のせいだろう”って思うところなんですけど、その輪郭がやけにはっきりしてるような気がしたんですよ。
とはいえ、そのときは“疲れてるんだな”くらいに考えて、あんまり気にしなかったんです。結局いつの間にか寝落ちしてたんですけど」
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