『タイムカプセル、流星群、忘れ物』

夕暮れ。カラスの鳴き声が響く河川敷。

黒いランドセルを背負った男の子が1人、ぽつりと川辺にしゃがんでいた。

はぁ、とため息を付きながら、テキトーに石を拾っては捨てる。


彼は今日、先生に怒られたばかりだった。

理由は度重なる忘れ物。

体操服を忘れ、宿題を忘れ、親のサインを忘れ、移動教室があることを忘れ…。


そして今日、職員室に呼び出されたのを忘れたことで、先生の堪忍袋の緒が切れた。


「もっとしっかりしなさい!!」


顔を真っ赤にした先生の怒鳴り声が脳裏にこだまする。

落ち込む心を紛らわせようと新たな石を探し始めたが、ふと視線が1つの石で止まった。

少し青みがかった真ん丸な石。

苔が生えて汚れも付いていたが、帰ってそれが石の魅力を引き立てている。


「うわぁ…カッコいい…」


男の子の心は一瞬で奪われてしまった。

先生に怒られたことなど、もう少しも覚えていない。

石を拾い上げ、急いで家までの道を駆けていく。

この石は10年、20年先にまで残しておくべき宝物だ。

忘れないようにしまって…忘れないように…。


「あ。」


男の子の頭に先生の怒号が舞い戻ってきた。

そうだ、しっかりしないと。

普通にしまうだけじゃ、石があったことも忘れてしまうだろう。

何か確実に石を残しておく方法は…。


「…!そうだ!」




家に帰ってきた男の子は、シャベルとガチャポンの空きカプセルを持って庭に出た。

辺りはすっかり暗くなり、空には綺麗な星が無数に輝いている。

男の子は窓から漏れる居間の光で手元を照らしながら、ザクザクと穴を掘っていった。


思い付いた方法はタイムカプセル。

前にテレビで紹介されていたのを見て、いつか絶対やりたい、と思っていたのだ。

まぁ、今日まで忘れていたが。

とにかくこれなら、石を数十年後の自分へと渡すことが出来るだろう。


未来の自分がタイムカプセルを開けて「昔のオレ、ありがとう!」と涙を流す。

そんな姿を想像してニヤニヤしながら、男の子はカプセルに石を入れる。

そしていざ穴に入れようとしたその時、視界の端でキラッと何かが明滅した。


何だろう、思って辺りを見回す。

すると今度は上の方で明滅が起こった。

男の子が顔を上げた、その瞬間。

空に輝いていた星々が、1つ、また1つと落ち始めた。


「うわぁ…」


男の子は思わず息をのむ。

目の前に広がるのは、千年に1度の大流星群だった。

辺り1面の星々が次々と線を描いて落ちる光景は、社会科見学で訪れたプラネタリウムの何倍も美しい。


男の子は言葉も時間も忘れて、ただ空を見上げて立ち尽くしていた。




20年後。

都会の高層ビルのとあるオフィスは、今日も忙しく駆け回る社員達で騒然としていた。


「A社への申請、通りました!」

「その資料こっち回して!」

「新商品のデザイン出来た?」


若干30名しかいないベンチャー企業だが、その仕事量は大企業にも劣らない。

国内外から注目を浴びる、今をときめく第1線の会社だ。

そしてこの会社を支えているのは、社長の並外れた発想力だった。


「皆、ただいま。」

「あ、お帰りなさい社長!」

「お疲れ様です!帰り道忘れなかったんですね。」

「ちょっと~流石にそこまで忘れっぽくないよ。」

「ハハハ」


オフィスのドアを開けて入って来た社長に、社員達が次々声をかける。

変に堅苦しくなく冗談を言い合えているのは、彼の持つ人徳が故だろう。

20年前、先生にしょっちゅう叱られていた男の子だとは、誰も思うまい。


だが、忘れ物が多いところは成長しても変わらなかった。


「社長!14時から商談があるのですぐ帰るようにと言いましたよね!もう14時半ですよ!」

「ごめんごめん。ちょっと面白そうなアイデアがあってさ、考えてたら遅れちゃった。」


激怒する秘書に謝りながら、社長はカバンを開け、1枚の企画書を取り出した。

それを見た社員達が次々と集まってくる。

社長はデスクに企画書を広げ、社員達を見回した。


「これなんだけど、どう思う?」

「社長、これ…凄いですよ。」

「毎度毎度よく考え付きますね。競合もいないし、出店すれば客付も見込める。」

「でしょ?あ、でも今忙しいよね。後から詰める感じでも…」

「何言ってるんすか!いつものことですよ!」

「そうそう。後回しにしてもすぐまた企画作っちゃうから、計画が貯まる一方なんですよ。」

「よし!皆、今から会議で計画建てるぞ!」

『おお~!!』


社員達は気勢を上げると、すぐさま会議室へと流れ込んでいった。

この行動力の高さは、社長が怖いから、もしくは給料をいっぱい貰いたいから、と出てきた物ではない。

皆目の前の面白い企画を先延ばしに出来ない、生粋のビジネスマンなのだ。


「ホント、人に恵まれたなぁ…」

「社長!何ボーッとしてるんですか!商談に行きますよ!」

「ああ、ごめんごめん!」


感慨にふける間もなく秘書にせっつかれ、社長は慌てて荷物をまとめ、オフィスを後にした。




3時間後。

すっかり暗くなった国道を走る車の後部座席には、商談終わりの社長と秘書が乗っていた。


「全く、先方にお見せする企画書を忘れるなんて…。私が予備を持ってなかったら大く変なことになってましたよ。」

「いやーごめんね。いつも助かるよ。」

「はぁ…。これからもっと大きな取引先様も増えてくるんですから、もう少ししっかりして下さい。」

「ははは…ごもっとも…」


いたたまれなくなった社長は、苦笑しながら窓の外に視線を逸らす。

快晴の夜空には満天の星が浮かんでいた。

綺麗だなぁ、と眺めていると、1つの星がスーッと下へ落ちていった。


「あ。」


何気ない、ただの流れ星だったが、それは社長に1つの事を思い出させた。

そうだ、タイムカプセル。

20年前の流星群の夜、実家の庭に埋めたことを、すっかり忘れていた。


だが、あの時何を入れたのかはどうしても思い出せない。

キラキラして綺麗な…いや、それは流星群の感想か?

掘り起こしてみないと分からないか…。

いてもたっても要られず、社長は運転手に話しかけた。


「ごめん、彼女を降ろしたら僕だけ駅に送って貰っても良いかな?」

「は?社長、この後会社に行って承認のサインをする予定は…」

「ごめんごめん。判子は僕の机にあるから、ポンッとしといてくれたら…」

「いや、それじゃダメだっていつも言ってるじゃないですか!ちゃんと社長自身で押して貰わないと!」

「あー、でもちょっと急ぎの用事が…」

「であれば最初から言ってください!大体あなたは…」


この後、会社に着くまで秘書にみっちりと説教を食らったが、社長は何とか外出する許可を貰えた。



1時間後。

社長はスコップを片手に、実家の庭で手当たり次第に穴を掘っていた。


母親はあいにく用事で家を留守にしていたが、合鍵があるので問題ない。

『冷蔵庫にあるモン食べてええよ』と送られてきたが、キッチンはおろか家の中に入るつもりもない。

社長はただ、庭に埋めた『何か』を探すのに必死だった。


しかし、いくら掘れどもタイムカプセルは一向に見つからない。

もしかしたら、この20年の間で実家の家族が掘り起こしてしまったのかもしれない。

近所にいる野良犬の可能性もありえる。

いや、そもそも自分は本当にタイムカプセルを埋めたのか…。


途方に暮れていると裏口の扉が開き、外出していた母が帰ってきた。


「まぁーあんた。帰ってくるなりこぉーんな穴掘って!」

「ごめんごめん。終わったらすぐ埋めるからさ。あ、さっき取引先から貰ったお菓子、置いてあるよ。」

「あら!先に言わんかねそれを。」


甘いものに目が無い母はすぐに機嫌を直し、縁側に腰掛けて置いてあった饅頭を開け始めた。

甘味に顔を綻ばせる母に、社長は質問した。


「母さん、この庭にタイムカプセルって埋まってなかった?」

「タイムカプセル?あんたそんなこといつやってたのかい。」

「小学生の頃さ。ほら、百年に1度の流星群ってあったでしょ。あの日に埋めたはずなんだけど。」


社長の言葉に母は少し首をかしげ、すぐに「ああ~!」と何かを合点して手を叩いた。


「あったわねぇ~、流星群!ご飯に呼んでもあんたずーっと庭で上を見てるもんだから、怒って連れ戻したのよ!」

「そうだったっけ…。あ、その時に何か庭に埋めてなかった?土が盛り上がってる場所とか覚えてたら…」

「いや、そもそもあんた、カプセル埋めてなかったわよ。」

「…え?」


唖然とする社長に、母は懐かしそうに続けた。


「次の日に庭見たら変なカプセルが落ちててねぇ。中身見たら石ころが入ってたから、イタズラか何かと思って捨てちゃったのよ。いやぁ~まさかタイムカプセルだったなんてねぇ~。」


全然気が付かなかった、と笑う母の前で、社長は何も言えず立ちすくんでいた。

埋めたのは石だと分かった解放感もあったが、それ以上にタイムカプセルが捨てられていた事への絶望と、何よりタイムカプセルを埋めるのを忘れた過去の自分への呆れが溢れて止まらなかった。


ふと庭を見ると、そこには流星群を眺めて立ちすくむ20年前の自分がいた。

足元には石をいれたカプセルが転がっている。

20年後にまで届けようという意気込みはどこへやら。そのまま20年は思い出さないのだ。


社長は苦笑しながら、過去の自分へ呟いた。


「まったく、もっとしっかりしてくれよ。」

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