第4話:いつもと違う定時時間
工藤さんの声を聞くのが目的だったが、色々と話し込んでしまった。
声を聞いた印象は・・・そこまでかけ離れていないが、似てはいないという感じだった。
もちろん声を意識的に変えれば多少の変更は可能だし、今は配信では好きな声に変えられる機能があるとも聞く。
つまりは何の収穫もなかったが、こういうきっかけがなければこれからも話すこともなかっただろう。
何か心が軽くなった俺は仕事も進み、定時前にノルマをこなす事ができた。
(今日も配信前に帰れそうだな。もし工藤さんがクエリなら今日の話も話題に出たりするのかな?)
彼女の好きな作品から考えると同一人物の可能性は低いが、別の楽しみが出来て配信が待ち遠しい。
(よし、今日も報告して帰るか。)
そう思って工藤さんの方を見ると、珍しく課長に話しかけられていた。
「工藤さん、すまないが明日の朝イチで資料が欲しいからなんとか作成お願いできないかな?これから用事があってさ。」
明日の朝イチだと、当然だか今日中に完成しなければいけない。
つまりは残業確定である。
「・・・わかりました。」
「助かるよ、じゃあお願いね。」
課長は手を合わせごめんなさいのジェスチャーをしながら、待っている集団に駆け寄っていった。
どうも彼らと飲みに行くらしい。
(人に仕事を押し付けて、自分は飲み会かよ。)
工藤さんは文句1つ言わずに仕事に戻った。
(工藤さんには災難だけど、俺は配信を見るために帰るか・・・。)
俺は今日のノルマを報告するべく話しかけた。
「工藤さん、お疲れ様です。今日のノルマ分出来ましたので帰らせていただきます。」
「お疲れ様です。明日もよろしくお願いします。」
彼女は表情を変えずに仕事に戻った。
(これなら手伝わなくても大丈夫かな。)
今までなら、それで済まして帰っていただろう。
でも何か心がモヤモヤした。
「あ・・・すみません。私が手伝える事ってありますか?」
「手伝う?仕事の事ですか?」
「その・・・課長が仕事を頼んでいたので・・・。」
「気を使ってくれたんですね。大丈夫・・・ではないですね。手伝ってもらっていいですか?」
「わかりました。任せてください。」
(今日の生配信は見れないが、まあそんな日もあるだろう。それに彼女が配信者ならどちらにせよ今日は配信無いわけだからな。)
まずそんな可能性はないが、それよりも人に頼られたのが嬉しかった。
「とはいえ、私に手伝えますか?」
「大丈夫です。今までの資料の傾向をまとめたテンプレートがあります。これに今回の文言やデータを当てはめれば資料の形は出来上がります。中野さんは大体の形を作って下さい。私はその資料を修正して完成させます。」
「わかりました。」
俺はさっそく作業にはいった。
いつもの作業より難しくはあったが、なんとなくは理解出来た。
今まで黙々としていたデータ整理によって、商品の仕様やデータ、専門用語などを理解していたからだ。
地味な雑用だったが、今までやっていた事は無駄ではなかったようだ。
それから黙々と作業が進み、最後のチェックが終わった頃には夜の10時になっていた。
「何とか終わりましたね。こんな膨大だとは思いませんでした。」
「ええ、だから引き受けた後、少し確認して絶望しました。」
「絶望していたんですか?表情が変わらないし、私を引き留めもしなかったので大丈夫なのかと思ってました。」
「いえ、あの時はとにかく仕事の事で頭がいっぱいだったので・・・私も無理だと判断したら断るなり、人に助けを求めるなりするべきでした。失敗です。」
「いえいえ、こんな仕事を定時に振ってくる課長が全部悪いですよ。」
「確かにその通りですね。」
二人で笑いあった。
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