怪人Aとその周囲で起こったこと
楽天アイヒマン
怪人Aとその周囲で起こったこと
目撃談①
ある街に、顔中に付箋を貼り付けた怪人がいた。付箋は4×5センチの大きさで、素顔がわからないほど隙間もなく貼られている。
身長180センチほどで痩せ型の、上下黒いスウェットの男性だった。彼は毎日午後3時から7時まできっかり四時間、町内を徘徊すると、街外れの廃屋にのっそりと戻っていく。
ある時有志の若者数人が怪人の顔から付箋を引き剥がし、彼の素性を測ろうとした。付箋は接着剤で貼られており、男が暴れるのと相まって、ひどく剥がしづらかった。
付箋を引き剥がすとき、怪人は非常に辛そうな鳴き声を上げたという。その鳴き声はまるで赤ん坊のようだったそうだ。
その付箋の内容は支離滅裂だった。時系列もわからない。付箋の劣化具合と内容から、有志が時系列順だと思われる内容に並べたのが次の記録だ。
記録1
母親が死んだ。俺はどこにいけばいい。呪いはすでに消えたはずだ。だけどもし、このまま人生が続くとしたら?
記録2
みんな死ね。今はそれしか言えない。腐った愛情なんて羊水と一緒だ。ただただ排出されるしか能がない。
記録3
うるさいうるさい。世界を閉じ込めているのは僕の方だ。引きこもりの何が悪いんだ。俺の中から出てくるな。頼む、まだ正気でいたい。
記録4
プルプルプルプル。ゼリーは柔らかい。
記録5
世阿弥は佐渡島に流され、アッシャー家はもう崩壊した。僕はどこにいけばいいのだ。始まりがそんなに偉いのか。母親がそんなに偉いのか。
記録6
何かが、井戸の中から出てくる。僕は底に沈められる。そいつは僕のフリをして街を歩く。
記録1と記録4は血で汚れていて、どちらが先だか判別がつかなかった。
T地方のある記録
T地方のある地域では、井戸を神として奉る風習があったという。令和7年となった今でも、山奥の村でひっそりと祭りが行われている。その祭りは3日間夜通し行われる。
1日目は井戸の周りにしめ縄を張り、ひたすら祝詞を唱える。その祝詞は日本語にはないイントネーションを含んでおり、地域の中でも一握りの人物しか読み上げることがない。2日目は村人総出で井戸の中に物を投げ込む。井戸はいつまでも埋まる気配はなく、黒々とした口を開けて、冷たい風を吐き出している。三日目は人の名前を読み上げる。その名前は200人ほどあり、どういう基準で選定されたかはわからないが、村の噂ではどこからか集めてきた名簿があるという。
祭りは撮影厳禁となっていたが、ある写真家がルールを破り、村人から袋叩きにあったという。写真家は病院に搬送される際、村人たちから顔中にお札を貼り付けられていた。接着剤で貼られていたらしく、写真家の顔は酷い炎症を起こしていた。
その祭りの関係者は警察から取り調べを受けたが、全員正当防衛で釈放されたという。抗議の声は上がらなかった。
ある母親の日記①
これであの子が帰ってくるのなら、私は鬼にだってなります。今までなんだってやってきました。これが本当の、最後の手段なんです。神様、どうか、どうか私の罪を許してください。
あるSNSの投稿
なんか窓の外に変な人いるんだけど。顔めっちゃブツブツしてるし、ずっと変なこと言ってて怖い、警察はよ。
都市伝説についての考察
昭和時代、怪異が出現するのは決まって夕方だった。その理由は某国による拉致問題が原因であると考えられる。某国による拉致は夕方から夜明けまでであり、その時間に出歩いている子供に危機意識を持たせるためのデマだという見方だ。
昭和時代、口裂け女の噂が爆発的に広がった。「私綺麗?」と聞いてくるマスク姿の女に、綺麗じゃないと言えば殺され、綺麗と言えばマスクを剥ぎ取り、その裂けた口と同じように口を切られると言った都市伝説だ。あまりに噂が広がりすぎたため、警察の出動や集団下校が相次いだ。噂の出所は岐阜県と言われているが、そのルーツはT地方なのではないかという意見もある。
日本海側、特にT地方では拉致問題が根深く残っている。
在日N人へのインタビュー①
私たちはやっぱり迫害されて、長く住める場所がなかったからねえ。最初はみんな親切でも、だんだんみんな冷たくなっていくんだよねえ。私たちも自分を守るためだったからしょうがなくてえ、村を作ったんだ。楽しかったよ。色々言ってくる人たちもいたけどねえ、やっぱり神様は見てるんだよ。
ある母親の手記②
あの子が帰ってきた。本当にありがとうございます。神様、ありがとうございます。捧げられた方も、きっと喜んでいます。旦那も泣いて喜んでいます。今日だけは全て忘れて、あの子のためにお祝いをします。
目撃談②
例の顔に付箋を貼り付けた男だけど、駅のホームで死んでいたそうだ。それが不思議なことに、死因が溺死だっていうんだよ。周りに水もないし、どっかで溺れさせたのを運んできて駅に放置したって線も薄いらしい。こないだ警察が来て軽い取り調べがあったんだよ。ほら、俺らあいつの顔の付箋剥がしたじゃん。どうやらあいつが最後にあったのが俺ららしくてさ。警察も首傾げてたよ。
在日N人へのインタビュー②
私らが若い頃だったかねえ、大きい地震があってさ。酷い混乱だった。食べるものもなくて、みんな鬼みたいな顔してた。
そん時、ある噂が流れてねえ。隣村の自警団が私たちの村を襲いにくるっていう根も葉もない噂だよ。そりゃ私たちはよそ者扱いされてたからね、ある程度のことは水に流したさ、けど状況が状況なんでね。仕方なかったんだ。私たちも自分の身は守らなきゃ。
ある母親の手記③
昨日からあの子の様子がおかしい。ずっと水を飲んでいる。ご飯も食べないでずっと。無理やり蛇口から引き離したら、大人みたいな声で暴れてた。力も強くて私じゃ抑えられない。何か間違えちゃったのかしら、またもう一人探さないと。
誰にも見られなかった新聞の切り抜き
新潟市中央区のマンションで、30代の夫婦二人が、遺体として見つかった。住宅内は荒らされた後はなかったが、長男のS君(10)が行方不明となっており、事件と関連があるものとして、警察が行方を追っている。
長男のS君は数日前にも一度行方不明となっており、戻ってきて7日後の事件となっており、近隣住民からは不安の声が広がっている。
怪人Aとその周囲で起こったこと 楽天アイヒマン @rakuten-Eichmann
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます