第19話『忘れられたメロディ』
その日、結愛は学校から帰宅後、少しだけ疲れを感じていた。
作曲の作業は続いていたが、なかなか思うように進まず、心の中に少しだけ重いものを抱えていた。
しかし、どこかで、何かを思い出すような気配を感じていた。
結愛は玄関に入ると、そのまま自分の部屋に向かった。部屋の中は静かで、どこか落ち着いた空気が漂っている。
彼女は無意識に部屋を見渡し、ふと目に止まったのは、部屋の隅に置かれた古びた襖(ふすま)だった。
「そういえば……」
結愛はその襖を見つめると、何かが思い浮かんだ。部屋の一角に積み重ねられた段ボール箱。あまり触れていなかったが、昔の思い出が詰まっているはずだった。
彼女はゆっくりと歩み寄り、その段ボールを取り出す。長い間ほこりをかぶっていたそれは、結愛の手にするには少し重く感じた。箱を開けると、中からは古びたノートがいくつか出てきた。思わず息を呑んで、結愛はそのノートを手に取った。
「これ……」
目の前に現れたノートには、確かに自分が小学生の頃に書いた作曲の記録が残っていた。ページをめくるたびに、当時の記憶が鮮やかに蘇る。音符とともに、幼い頃の自分が抱いていた夢や希望、そして心の中の感情がそのまま音楽に表現されているようだった。
結愛はそのノートを開きながら、手が震えるのを感じた。あの日の自分が、懸命に音楽を作り上げようとしていたことを思い出す。何度も消しては書き直し、最後には完成させたメロディがあった。
「こんな曲を……」
結愛はしばらくそのノートを見つめていた。目に映るのは、まだ子供の手で書かれた音符たち。それでも、そのメロディには確かに彼女の魂が込められていた。
そして、結愛はふと気づく。あの頃、自分が抱いていた音楽への愛や情熱が、今もどこかで眠っていることを。
「これが……今の私に必要なものなのかもしれない」
結愛はノートを閉じて、しばらく黙って考えた。小学生の頃には、ただ音楽が好きだっただけ。でも、今は違う。音楽を通して、誰かのために、何かを伝えたかった。
彼女は再びノートを開くと、そこで初めて気づいた。あの時作った曲が、もしかしたら「至高の演奏」のためのヒントになるかもしれない。結愛はその思いを胸に、ピアノの前に座った。
「もう一度、やってみよう」
結愛は深呼吸をしてから、指を鍵盤に置いた。何度も書き直してきたメロディを、今度は本当に完成させる。彼女は心の中で、自分に誓った。音楽が持つ力を信じ、陽菜ちゃんの為に作る。
ノートに書かれていたそのメロディを奏でると、部屋に広がる音は、どこか懐かしく、それでいて新たな力を感じさせるものだった。結愛はその音に身を委ね、少しずつ心を解放していった。
「これが……私の音楽だ」
結愛は静かにそう呟き、次第にメロディが形を成していくのを感じた。
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