第14話『陽菜のお見舞い』



 県立白羽病院。

 朝、少し肌寒い風が窓から差し込む中、結愛は奏斗と一緒に病院のロビーに到着した。

 二人はエレベーターを使い、陽菜が入院している病室の階へ向かう。エレベーターの中で奏斗は無言のままだったが、その横顔は慈愛に満ちている。結愛はホッとし、何も言わずにただ隣に立っていた。


 病室の前に到着すると、奏斗は少し息を深く吸い込んでからドアをノックした。


「陽菜、入るよ」


 奏斗が静かに声をかけると、室内からは軽やかな返事が返ってきた。


「うん、どうぞ」


 陽菜の柔らかな声が響く。

 ドアを開けると、陽菜はベッドに横たわっているが、顔色は随分良くなり、以前のような深刻な雰囲気は少し薄れていた。それでも、その目の奥にはどこか疲れたような陰りが残っている。


「こんにちは、陽菜ちゃん」


 結愛は優しく声をかけた。


「こんにちは。結愛さん」

 

 陽菜は微笑みながら、結愛を見つめた。その表情には、どこか感謝の気持ちが滲んでいる。

 奏斗は陽菜のベッドの脇に座り、優しく彼女の手を握った。


「陽菜、大丈夫か?」


 彼の言葉には、姉を心から気遣う温かい気持ちが込められている。


「うん。少しずつだけど、元気になってきてるよ」


 陽菜は穏やかに答えるが、その言葉の中には、まだ完全に回復していないという不安が感じられた。

 結愛はしばらく黙って陽菜を見守っていたが、やがて思い切って声をかける。


「陽菜ちゃんに、かけられた呪いは、いつか解けると思う。だから、安心してね」

 

 陽菜はその言葉に少し驚いた様子で結愛を見つめ、そして少しだけ顔を赤らめながら小さく笑った。


「結愛さん、ありがとう……でも、わたしも頑張らないと、お兄ちゃんに心配かけちゃうもん」


 奏斗は少し顔を引き締めて、陽菜を見つめた。


「頑張りすぎるな」

「わたし、頑張るもん」

「そこまで、頑張るな」

「頑張る!」

 

 結愛はそのやり取りを見て、心の中で何かが温かくなるのを感じた。奏斗の優しさ、そして陽菜の強さが感じられ、何となく安心した気持ちになる。


「それじゃあ、今日は何か食べたいものとかある?」

 

 結愛が陽菜に尋ねると、陽菜は少し考えた後、にっこりと微笑んで言った。


「うーん、アイスが食べたいな」


 陽菜の目が少し輝いた。


「アイスか、いいね! じゃあ一階の売店で買ってくるよ!」

「だったら、俺が買いに行く」

「え、いいよ」

「俺が買う。陽菜の相手をしてやってくれ」

 

 そう言って、病室から出て行った。


「あ、もう……」

「結愛さん」

「ん?」


 結愛は彼女の元に近づく。


「ありがとう」

「どうしたの?」

「お礼が言いたかったの。ここまで元気になったのは、結愛さんと、神様のおかげだよ」

「でも、陽菜ちゃんは、まだ呪いが解けてない」

「それでもだよ」

「そっか……」

「それだけじゃないよ。お兄ちゃんも元気にしてくれて、ありがとう」

「こちらこそだよ。陽菜ちゃんのお兄ちゃんの、おかげで、毎日が楽しいよ」

「本当?」

「うん」

 陽菜の表情がどんどん明るくなる。

 

 しばらく、2人で、たわいのない話しをする。

 少しだけ病室内でのんびりとした時間が流れた。

 奏斗が戻ってくる。

「アイス買って来たぞ!」

「うん、お帰り!」

「やった!」


 結愛と奏斗は陽菜に色々と話しかけながら、彼女ができるだけ心を休められるようにしていた。結愛は、時折その会話に参加し、二人が少しでも楽しい気持ちになれるように手伝っていた。

 しばらくして、陽菜は少し疲れたように目を閉じた。


「今日は結愛さんも来てくれて、すごく嬉しかった。ありがとう」

「ううん、また来るからね。無理しないで」


 結愛は優しく答え、陽菜の手を軽く握った。


「ありがとう、結愛さん」


 陽菜は満足げに微笑んで、そのまま目を閉じて静かに休んだ。

 病室を出る時、奏斗は少し肩の力を抜いて、結愛に向かって言った。


「ありがとう、結愛。お前が一緒に来てくれたから、少し楽になったよ」


 結愛はその言葉に微笑んで、


「陽菜ちゃんが元気になるまで、一緒に頑張ろうね」と答えた。

「ああ、よろしく!」


 奏斗は笑顔で返事する。

 

 二人は病院を後にし、外の空気を深く吸い込んだ。夕暮れの柔らかな光が二人の影を長く伸ばす。

 陽菜の呪いを解くのは、困難な道のりかもしれない。だが、希望はあるはずだ。

 

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