第5話 水路

「ここから拠点までの距離は約1キロ。

 丘を登ってきたから、そのまま下流へと水路を伸ばせば行けると思う」


「こ、この毒の水を……?」


 あまりに毒々しいのでフィオルンは身を引いている。


「浄水については考えがあるんだけど、まずは水路作りだね」


「あたしたちだけじゃ、水が届く前に命が尽きるわよ」


「そこも試してみたかったんだ」


 私は自分の掌を見て何度も握っては開く。


 できるは既にある。


 死神の力を失ったとしても、感覚は失っていなかった。


「【死神だった者が使役する労働者グリム・ワーカー・レプリカ!】」


 拠点から湖に至る道で集めた死の力を、生の力――つまり動力へと変換する。


 すると地面から、ボコッと骨の腕が飛び出してきた。


「ひゃ――!」


 フィオルンの足元にも出てきたので、私の傍に飛びのいて袖を引っ張る。


「ス、スケルトン――!?」


「本来の死神ほどじゃないけど、私の死と生の転換グリム・シフトなら、似てる魔術は使えそうだなって」


 さらにスケルトンは何十体も生成され、地面から起き上がっては軍隊のように綺麗に整列した。


「この子たちに作業をしてもらうよ」


 ちなみにスケルトンの知能は低いが、説明すれば多少のことはできる。


「へ、へえ……」


 呆気に取られているフィオルンを横目に、私は地面に枝で水路計画を描いた。


 私がしゃがんで地面に書き込むので、何十体といるスケルトンたちも膝を折って屈みながら覗き込む。


 傍から見たらスケルトンに囲まれている少女だから、物騒だろうなあとは思う。


「まずはチームを分けるよ」


 ① 素材収集チーム

 ② 道具作成チーム

 ③ 水路チーム


「素材収集チームは、鋭利な石、砂利、木の枝、蔦、竹を集めてね」


「それをどうする気なの?」


 私は指折りしながら、道具を思い浮かべる。


「ええっと、石や木のハンマーでしょ、シャベルと斧――竹はパイプに使うよ」


「ココノ、相変わらずよく知ってるわね……」


 呆れているのか感心しているのか、フィオルンは複雑な表情で笑った。


「私たちに時間はないから、役割分担でみんな動いてね」


 骸骨たちは皆、頷き合う。

 骨によっては親指を立てていて、やる気のようだ。


「素材を受け取ったら道具班は、石ナイフ、木のハンマー、木のシャベル、石の斧の順に作って、素材回収と水路作成作業の効率を上げていこう」


 次に、と私は続ける。


「水路班はシャベルを受け取ったら水路作りを。

 窪みは竹のパイプが、はまる程度でいいからね。

 それまでは各班のサポートをお願い」


 何も喋れない代わりに、カタカタと骨を鳴らして合図する。


「よし、では各班作業開始!」


 何十体ものスケルトンたちが、一斉にガシャガシャと動き出す。

 まるで戦場に向かう軍隊みたいだった。


「スケルトンって、結構、生き生きしてるのね……」


「死の力に溢れてる土地だからね、普通のスケルトンはもっと死にそうだよ」


「そ、そう……」


 アンデット系モンスターに不似合いな会話を交わす。


「湖から竹を拠点まで伸ばすんだけど、今回はスピード重視で、地面を這わせるよ。

 途中で何カ所か、ろ過層を作って、毒を除去しよう」


「急遽作ったろ過層であの毒が消えるとは思えないけど――」


 フィオルンは半信半疑だが、私には確信があった。


「想定だけど、多分、大丈夫だと思うから任せてよ」


 そこからの私たちの作業効率は、恐ろしく早い物だった。


 スケルトンたちが材料を集めて、次々と道具を作成する。


 水路班のスケルトンたちは、毒水が入らないようにせき止めてから、私の設計図に沿って窪みを掘り、竹パイプを次々と地面を這わせてゆく。


 過酷な大地でパイプを露出させるのは耐久性の面で心配はあるが、本格的な水路の確保は、もう少し落ち着いてからにしよう。


「はーい、パイプは水漏れしないように蔦と樹皮でしっかりと固定してね」


 地面はデコボコしているので、少しだけ掘って竹がハマるようにしながら慎重に進めていく。


 その先では溜池を三つほど作り、階段状にした。


 一層目と二層目は砂、炭、小石、草、土の順に詰め、三層目は大量の砂利を敷き詰めてフィルター代わりにする。


 拠点にしている巨木の近くには、木で作られた貯水槽を設置して、そこに水を溜める。


 時刻は夜となりあたりが暗くなっていた。


 私たちは松明片手に、とうとうテスト段階まで辿り着いた。


「じゃ、試しに少し流してみてね」


 伝令用のスケルトンにお願いすると彼は丘の上に駆け出して行った。


 ――数分後。


 貯水槽にはまるで山の湧き水のような澄んだ水が、ちょろちょろと溜まり始めた。


「ココノ……これ、本当に私たちが作ったの?」


 フィオルンの手が震えている。


「さっきまであんな毒だったのに……嘘みたい」


 フィオルンの顔は驚愕に満ちている。

 

「良かった、予想通り」


 驚いているフィオルンの手を握って、ろ過層まで登る。

 

「実はろ過層でフィルターの役割をしている砂や炭、小石や草などに死と生の転換グリム・シフトを使っておいたんだ」


「そ、それってどういうこと……?」


「フィルターが死の気配――この場合だと、身体に悪いものを除去したって感じかな」


 私自身、死と生の転換グリム・シフトの使い方を完全に理解はしていない。


 けど前世の記憶から産まれたので、死を切り離して、生に変換するスキルだ。


 もしかしてと試してみたら、3層のフィルターが、死に直結する要素を除去して、飲み水の確保に繋がった。


「……の、飲んでみる?」


「うん、試してみよう」


 けど、さすがにこのまま飲むのは不安なので、前もってスケルトンワーカーに、中央へ窪みを作ってもらった石鍋を焚火にかける。


 そして水を注ぎ5分。

 

 湯気がふわふわと漂い出してきた。


「そろそろ、いいかな?」


 木のコップを沈めて、私とフィオルンの分を作る。


 お互いに顔を見合わせて、決意を固める。


 コップを両手で包み込むと、じんわりと温もりが伝わってくる。


 恐る恐る口をつけて、そっと飲み込んだ――。


 ――ごくり。


 温かい。


 ほんのり甘い気すらする。


 体の芯まで染み込むような温もりに、喉が震えた。


「……お湯だ」


「……お湯ね」


 お互いに静かに感動していたが、徐々に喜びが沸き上がってくる。


 これまで作業ばかりに気を取られていたが、生活水を作り出すことに成功したのだ。


 私たちは喜びのあまり抱き合う。


「凄い、できた……できたよ、フィオルン!」


「すごいじゃない、ココノ!」


 スケルトンたちは、水路の近くでカタカタと歯を鳴らしながら並んでいた。

 笑うことはできないはずなのに、なぜか楽しそうだった。


「ココノ、もう一杯……いい?

 この水、なんだか……体に染み渡る……」


「本当? それは嬉しいな」


 フィオルンは木のコップを両手で包み込みながら、小さな口でちょっとずつ運ぶ。


「……ん?」


 ふと私の【死神だった者の目リーパー・オキュラー・レプリカ】のスキルが自動起動した。


 するとフィオルンの近くに表示されていた【余命:数日】の文字が、ザザッと砂嵐がかかったように見えた。


「な、なに見てるのよ、ココノ?」

 

 どういう意味だろう?


 元死神じゃ分からないけど、フィオルンの身体に何か変化が起きたように感じた。


「ううん、なんでもない。

 ――沢山お湯を飲んでるフィオルンも可愛いなって」


「いいじゃない、逃げ出してから初めて口に入れたんだから」


 頬を染めてフィオルンは、恥ずかしそうにお湯を口に含んだ。


「そうだね、うん、美味しいお湯だ」


 私の口に含んでフィオルンに寄り添う。


 互いに肩を預けながら、暖かくなる体温を感じつつ、夜空に輝く星を見上げていた。


 と、その時だ。


 水路の最終チェックをしていた1体のスケルトンが、慌てて走り込んできたのは。


「どうしたの?」


 私が訪ねると、スケルトンはカタカタカタッ! と慌ただしく骨を揺らす。


 何か伝えたいようだ。


 カタカタと焦るように鳴る骨の音。


 私たちは顔を見合わせた。



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🔨次回:第6話 遺跡への入り口

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