第4話 水を確保しよう
「まずは現状を整理しよう」
私たちは木の根の間で身を寄せ合う。
地面に落ちていた木の枝で、必要なものを書き出す。
「生活に必須なのはこの五つ」
① 拠点(△)
② 水(×)
③ 火(〇)
④ 食料(×)
⑤ 道具(×)
「まず最優先の拠点は、一応あるけど、いつかちゃんとした家が欲しいよね……」
フンや毛が無いので獣の住処ではないだろうけど、地面は硬く、隙間風も酷いので拠点というには心もとない。
けど、この状態で火をおこせたのはかなり大きい。
火があることで、動物から人間になった気分だ。
「水と食べ物も欲しいわ。
この土地で手に入るか分からないけど」
フィオルンが外を見渡しながら心配するのも分かる。
この地に来て薄々感じていたが、全てが死の気配に汚染され、食べ物や水は期待できない。
「よし、まずは水を手に入れよう」
「水を探すなら手伝えると思うわ」
フィオルンが元気よく立ち上がる。
これまでよりも元気が戻ったようで、見ている私もほっとする。
そんなとき彼女の足元を見ると――まだ裸足のままだった。
「フィオルン、そのままだと足、痛くない?」
「え? 別に大丈夫」
彼女の真っ白な素肌は土にまみれている。
ニブルヘイムの土地はデコボコしていて、固いので怪我もしやすい。
私の靴やローブを貸せたらいいんだけど、死神専用の武装はその死神しか身に付けられないので手渡しても戻ってきてしまう。
「早く行きましょう。
考えたら喉乾いちゃったわ」
強がっているが、冷たい風に吹かれるたび、彼女のつま先が小さく震えていた。
「よし、まずは靴を作ろう」
「えっ?」
私はしゃがみ込み、そっと彼女の足を手に取る。
「私の前では素直が一番!」
ぎゅっと足を包み込んで、温める。
すると、フィオルンが少しだけ身じろぎした。
「ちょ、ちょっと、ココノ……くすぐったい……!」
その声が、かすかに上ずる。
じんわりと頬が赤くなっているのが分かった。
脳内で応用できる知識を検索して、意識を反らしていく。
「ええっと、ここには靴を作る道具とか革はないけど……。
あるもので工夫すれば、作れると思う」
私は洞穴を出て手頃な枝を探し、そっと折り取った。
すると、樹皮が意外なほど簡単に剥がれる。
ついでに近くに生えている乾燥した草も引き抜いてくる。
「すぐにできるから待っててね」
まずは乾いた草を編み込んでいくつかの束を作る。
フィオルンの足の幅を計り、形が崩れないように木の枝を編み込みながら更に作っていく。
「器用なものね」
不思議そうにフィオルンが私の手元を覗く。
「これは
時間は沢山あった。
だから本や映画の他に、動画サイトで物作りも沢山見ていたのだ。
「これだけだと心もとないから、さっきの樹皮を底に使って――」
私は樹皮を適当な大きさに裂き、フィオルンの足の形に合わせて敷く。
その上から、さらに薄い樹皮を巻きつけていく。
「本当は動物の皮で作るのが丈夫なんだけど、生き物の気配が無いしね」
縛るための素材として、細くてしなやかなツタを使い、それで固定する。
「痛かったら言ってね」
「……ちょっと変な感じだけど、思ったよりしっかりしてて履きやすいわ」
フィオルンが立ち上がって、恐る恐る足踏みをする。
完璧な靴には程遠いけど、裸足よりはずっとマシなはず。
「ありがとう、大人しそうな見た目のわりに、頼れるじゃない、ココノ」
フィオルンが嬉しそうに微笑んだ。
自分が外で生きるために覚えただけなのに、感謝されるとは思っていなくて、私の胸がじんわりと温かくなる。
◆ ◆ ◆
靴ができたところで、私たちは火を残しつつ、水源を探すことにした。
水源を探すなら朝夕の動物が移動する方向を観察すると良いって聞いた事があるけど、先ほど同様にここに動物の気配はない。
「山の麓や緑が密集している場所は、地下水が湧きやすいって聞くけど……緑って言ってもね……」
見渡す限りの曲がりくねった樹木と、紫色の葉っぱを付けた木々ばかりで、常識で水源を探すのは難しそうだ。
「やっぱり、あたしの出番ね」
「フィオルン?」
フィオルンが胸を張って、私に振り返る。
なにやら自信ありげな顔だ。
「豊穣の聖女はね、人の営みに繋がるものを見つけるスキル、【
すると彼女の瞳が、薄緑色の不思議な光を帯びていた。
魔術かスキルが起動しているように見える。
「何か、感じるの?」
フィオルンはしゃがみこみ、そっと地面に手を当てた。
その仕草が、どこか神聖な儀式のように見えた。
「この丘を登っていくと、川が流れている――と思う」
彼女が目を閉じると、指先から微かに光が溢れ出す。
「行きましょう、ココノ。豊富な水源が私たちを待ってるわ」
自分で水を見つけたのが嬉しいのか、フィオルンは軽い足取りで、なだらかな斜面を登っていく。
「待ってよフィオルン、
普通の人間ならば精神が狂うか、その前に体力を奪われるような台地だ。
私は
振り返ればそこには私たちが歩いてきた道だけ、本来の豊かな茶色の土の色が伸びている。
「早く行こう、ココノー!」
「頭やられちゃうよ!」
普通の会話では使わないであろう単語を叫びながら、私は急いでフィオルンの後を追った。
◆ ◆ ◆
拠点から1キロほど山を登っただろうか。
確かにそこには巨大な湖とそこから流れる川があった。
あるにはあるのだが――。
「うわぁ……」
「ひっ……」
私とフィオルンは湖の前で立ち尽くしていた。
池の色は濃い紫色でドロッとしている。
たまにこぽこぽと空気が水泡を作っては破裂する。
「途中の川と同じね……ココノ、ここを綺麗にできる?
例の何とかシフトで」
「や、やってみる」
私は意識を集中して池の上に手を掲げる。
全身からスキルが発動する力を感じて、湖へと能力を発動した。
「
しゅわぁ……。
私の近くにある水だけが死の気配を放出するのみで、すぐに毒に汚染されてしまった。
「水は常に流れてるから、今の私じゃ浄化が追い付かないかも」
「ど、どうするのよ……」
死の気配は延々に吸えそうだが、それ以上に毒水の生成されるスピードが速い。
「うーん……」
肩を落としたフィオルンを見つめながら、私は意識の奥底にある前世の記憶を呼び出す。
「フィオルン、ここまで一キロくらいだったよね」
「そうね、そのくらいだったわ」
――なら不可能じゃないかな?
やったことが無いので、大変なのかすら理解できない。
けど、生き残る為に水は必需品だ。
フィオルンを生かすために、絶対に必要なものだ。
私はローブの腕をまくって、両手で自分の頬を叩く。
――ぱんっ!
「コ、ココノ、何してるの?」
「フィオルンを生かすために鼓舞してるの」
「……また変なこと言って」
「知ってるだけで、やったことないから、頑張るんだ――!」
「どうする気なの?」
フィオルンが呆れた表情で私を見るが、その瞳には期待に満ちた光が揺れている。
「――拠点まで水を引く!」
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🔨次回:第5話
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