第6話 遺跡への入り口
私たちはスケルトンを追って、月明かりに照らされた夜道を駈ける。
片手には松明を持ち、もう片方の手には冷え切ったフィオルンの手を握る。
「こ、ここって……」
スケルトンに案内された場所は、森の中で浄化槽を作った近くだった。
土の硬さや水を流し込んだ場合のテストとして、軽く掘ってみた場所だ。
試しに掘ったときより深いのは、スケルトンがそのまま掘り進めてしまったのだろう。
――けど、だからこそ、これを見つけた。
「鉄の扉、だね」
そこには丘の側面に鉄の扉がはまっている。
手で触れると鉄独特の冷えた感触が伝わってきた。
「ココノ、ここに紋章があるわ」
フィオルンが指さす先には松明で照らされた紋章が彫り込まれている。
その紋章は枝分かれした一本の樹木が描かれていた。
「何かしら、普通の木にしては――形が独特ね」
立派な根を地面に張っている。
呪文のような文字が書きこまれた円がいくつも均等に並び、各々線で結ばれている。
「これは
「セフィロト?」
前世と異世界の記憶が結び付く。
「色々な説はあるけど、物凄く簡単に言うと世界創造とか、人の可能性とかを意味して書かれた樹かな」
元の世界と異世界で同じ意味合いなのだから、偶然の一致は凄いものだ。
「1000年前に滅んだ国は、セフィロトや自然を信仰していたのかもしれないね」
私はゆっくりと扉を引いてみる。
引っかかりはあるが、ガタガタ揺らしながら引いてみると、何とか手前に動いてくれた。
「行くの、ココノ?」
「うん。扉の状態を見る限り、中は1000年前のままかもしれない」
「――【死の黒薔薇】の情報があるかもしれないってことね」
私は頷いた。
「夜も遅いけど、少しだけ見てみようか」
「そうね、残りは、ほぼ6日。
せめて手がかりがないと寝るに寝れなもの」
私たちはお互いに手を取り合い、重々しい扉の中へと足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
月明かりが届かない地下は、石造りの壁がどこまでも続いている。
空気は乾燥していて、古い石造りの建物特有の匂いが漂っていた。
「フィオルン?」
「……聞かないで。
別にこわくない」
と言いつつ私の手を強く握りながら、松明で照らされた廊下を進む。
足音が響くたび、暗闇の中で何かがこちらを伺っているような錯覚を覚える。
「まさか、誰か生き残ってたりしないわよね?」
「生きてたら1000歳だよ」
フィオルンは辺りをきょろきょろ見渡しながら、私の腕に自分の腕を絡みつける。
「壁にも装飾がある――立派だね」
壁にはかすれた碑文と、見慣れぬ壁画が刻まれていた。
かつてここには、どんな人々が暮らしていたのだろう。
「ココノは読める?」
「初めて目にするかも」
私は壁の碑文を指でなぞったが、掠れていてそもそも読めそうにない。
「どこに繋がっているのかしら……」
「紋章や通路の装飾を見ると、多分、お城じゃないかな。
王族の逃げ道に使ったと思う」
近くに水辺もあるし、シンボルになりそうな巨木も生えている。
そういった場所は村や町として栄えやすいので、王家の抜け道があってもおかしくない。
「これだけの長さなら、途中の部屋が食糧庫や武器庫とか、逃げ出すときに必要なものが備蓄されてる部屋があるかもしれない」
もしこの道が城に続いているとすれば、それだけ【死の黒薔薇】の呪いを解除する手掛かりに繋がっていると思う。
「これは大きな発見だよ、フィオルン」
どのくらい進んだだろう――木製のドアが私たちの行く手を遮った。
錠は長い時をかけて劣化して地面に落ちている。
扉を開けると、石作りの廊下が続いていた。
奥には長い廊下の他に、左右に幾つかの部屋があるようだ。
この廊下は先ほどまでと雰囲気が違う。
深い死の気配が漂い、廊下の隅には折れた剣や崩れた鎧が転がっている。
この先はおそらく、最も厳しい戦いがあった場所に繋がっている。
「……フィオルン、私の後ろに」
――コツ……コツ……。
遺跡の奥から、不気味な足音が響いた。
フィオルンが私の袖をぎゅっと掴む。
「何か、来る」
暗闇の奥で赤い光がゆっくりと揺れる。
「ひ――っ!」
フィオルンが悲鳴を漏らす。
目を凝らすとボロボロのローブを纏った骸骨が、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
その頭蓋には、深いひび割れが走っている。
「あれは、死神?」
ありえない。
だって死神は、死んだとしても、新たな死神として作り直されるので、死体は残らないはずだ。
松明を壁にかけ、私はフィオルンを庇い、警戒する。
ボロボロのローブを纏い、骸骨と化した死神が、手に黒ずんだ大鎌を握っていた。
元死神としての本能が警鐘を鳴らす。
……今の私たちには、危険な相手だ。
「フィオルン、下がってて」
私は空に向かって腕を伸ばす。
「【
……が、何も起こらない。
手の中は空っぽのままだ。
「まだ、私には呼べないの……!」
私の力は、まだ完全に戻っていない。
けどフィオルンは絶対に守る――!
私は足元の地面を蹴り、転がるように落ちていた大鎌を掴んだ。
それは、過去に誰かが使っていたものだろうか。
「……ごめん、借りるね!」
カラカラと骨が擦れる音を響かせながら、骸骨の死神はゆっくりと歩み寄る。
その不気味な足取りは、まるで獲物を確実に仕留める狩人のようだった。
息をのむ間もなく、黒ずんだ大鎌が唸りを上げる。
反射的に飛び退いた――が、間に合わない。
かすめた刃が頬を裂き、熱い痛みが走る。
「――っ!」
ギリギリでかわすたび、大鎌の刃が地面を抉り取る。
あと数センチ遅れていたら、首が飛んでいた――確実に。
反撃――!
ガキンッ!
大鎌同士がぶつかり、鋭い火花が散る。
――鎌が重い。
本来の力があれば、今ので叩き切れたはずなのに!
死神の力を失った今、戦闘能力が大きく落ちているのを痛感する。
けど、そんな私に構わず、敵は次々と攻撃を仕掛けてくる。
――ガキンッ!
「くっ……!」
暗闇の中で何度か刃物がぶつかり合って赤い花火を散らす。
「このっ……!」
振るうたびに、力が空回りする。
かつての感覚とは違う。
相手の死神は死の力をたんまり保有しているのようで、その一撃一撃が重い。
攻撃力が上がるような魔術が働いているように見える。
――ひゅっ!
受け止めきれない……このままでは――!
「ココノ!!」
フィオルンの叫びが響いた瞬間、彼女の左腕に黒い光が走った。
「――私だって、命を喰われるだけじゃない」
フィオルンの左腕が、不気味な黒い光を帯びる。
次の瞬間――黒い薔薇が彼女の腕に咲いた。
「黒薔薇……?」
黒薔薇は本来、自然界には存在しない。
なのでフィオルンの身体に生まれた薔薇は、身体を蝕んでいる呪いだ。
私が驚く間もなく、彼女は左腕に黒薔薇を巻きつかせながら、私の前に立った。
「ココノに手を出すなら……殺してでも止める……!」
フィオルンの腕に、漆黒の雷が奔る。
ビキッ……!
「……っ、く……!」
彼女が息を詰まらせた。
その腕に絡みつく黒い薔薇の蔦が、肌を切り裂き、血が滲んでいく。
「フィオルン、その力は――!」
叫ぼうとするが、すでに黒薔薇の蔦が骸骨の死神を絡め取っていた。
「ココノ、今なら!」
私はすかさず、大鎌を振り上げ――一撃で斬り裂いた。
――ガシャァン!
骸骨の死神は砕け散り、闇に溶けるように消える。
戦いが終わり、私はフィオルンを振り返った。
彼女の左腕は、漆黒の呪いに侵食されている。
「その腕――」
「……すごいでしょ?
命を削れば、呼び出すことができるの」
フィオルンは自嘲するように言った。
彼女はぐったりと膝を付き、私は思わず抱きとめた。
「二度と使わないで……!」
私は思わず、彼女の肩をぎゅっと握った。
「コ、ココノ……?」
「命を削るなんて……そんなの、絶対に許さない!」
私はフィオルンの髪をそっと撫でた。
「もう、無理しないで……お願いだから」
その言葉に、彼女は小さく頷いた。
「……ココノ」
呟く彼女の声が、思った以上に近い。
柔らかい息が頬をくすぐる。
フィオルンは私の胸に顔を埋め、ぎゅっとしがみついてきた。
その温もりが、彼女がどれほど恐怖と戦っていたのかを物語っている。
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🔨次回:第7話 拠点発掘!
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