第3話 生かす死神
焚き火の小さな炎が、ぱちぱちと乾いた音を立てて燃えていた。
その温かさを感じながら、私はフィオルンと肩を寄せ合っている。
「ねえ、死神。
ここって……どんな土地なの?」
私は少し考え、死神の記憶を手繰り寄せる。
「……1000年くらい前は、大きな国があったみたい」
「こんな土地に国?」
「うん。でも、神々の戦争で、全部滅んじゃった……はず。
それからはニブルヘイムと呼ばれて、死神が追放される土地になったんだって」
今は生命を感じられない世界だけど、昔は人が暮らし、畑を耕し、水を汲み、城や街を築いていた。
そういえば、なんでこの地は死神が追放される土地になったんだろう……?
「神ですら戦争するなんて――バカみたい」
心底不快なのかフィオルンは毒づいた。
「そんな土地で……これから、どうするの?」
「そうだね――」
近くに街がある気配もない。
少女二人で生き抜くには、過酷すぎる環境だ。
それでも―― 私に『諦める』という選択肢はない。
「必ずやりたいことは――」
うん、と彼女は頷く。
「フィオルンを死なせない。私にとって、それは絶対」
「死神……」
呆れたようにフィオルンは苦笑いする。
私自身が16歳で死んだのもあるけど、生きるのを諦めた彼女を、どうしても殺したくない。
私はフィオルンの手を取る。
フィオルンはビクッと身を竦ませたが、手を振り解きはしなかった。
彼女の手は、小さくて、ひんやりとしている。
「でも、あたし……あと7日で死ぬ」
覚悟しているのだろう。
なんて強いのか、取り乱す事さえない。
「フィオルンに初めて会ったとき、私の
彼女は何も言わずに私の手を握っている。
「死神の力を失ってから、私に正確な余命は見えないけど、大体の日数は分かる」
彼女の頭上に『余命:数日』と表示されている。
もっと正確な数字を知るには死神の力を戻す必要がありそうだ。
「じゃあ、やっぱり、あたしは、もうすぐ死ぬ運命を変えられないんだね」
「――まだ出来る事はあると私は思う」
「できること……?」
焚火の光に照らされたフィオルンが私を見つめた。
「フィオルンに寄生している【死の黒薔薇】は、1000年前の戦争で猛威を振るったから、一度、根絶されて、今は存在しない呪いなんだ」
私の死神の知識の中には【死の黒薔薇】の基礎知識も含まれていた。
「じゃあ、なんであたしがそんな呪いなんかに……」
「理由は分からないけど、考えられるのはいくつかある。
一つは古代の道具に偶然封印されていた【死の黒薔薇】を、誰かがフィオルンに植え付けた、もう一つは――」
「あいら――!!」
フィオルンは私の言葉を遮って強く拳を握る。
「あいつらだ、あの聖女たちが――、あの時、あたしに、飲ませたあれは――!」
私がフィオルンの言葉を待ってると、彼女は焚火を睨みつけながら、感情を押さえられないように瞳に涙を滲ませる。
「そこまでして、あたしを豊穣の聖女の座から引きずり落としかったの――!?」
「フィオルン……」
そっと肩に触れようとしたけど、彼女は誰も近寄れないようなドス黒い気配をまとっている。
今まで私に冷たかったのは、自分が死ぬから諦めてたのかもしれない。
けど、もしかしたら、それ以上に、人に裏切られたから、誰も信用できなくなっているのかもしれない。
「死神――あんたも裏切るんだ、あいつらみたいに。
結局、私が死ねば、いつでも死神に戻れるんだから。
私を生かすなんて綺麗ごと、口に出すだけでさぞ気持ちがいいでしょうね――!」
この世の全てを射殺す瞳で私を睨みつけるが、その瞳からは止められない雫が零れていく。
きっと、話す事じゃ伝わらない。
「……手、借りるよ」
「な、なによ……!」
ひんやりとした手を掴むと、駄々をこねる子供のように暴れそうになるが、すぐに大人しくなった。
「これは古来より死神に伝わる儀式の一つ」
私は自分の親指の腹をかじる。
鮮血がジワリと滲む。
「本来は死神同士の契約に使われる。
相手と魂を同期させるの」
血液を、フィオルンの手首に押し付けて、スッと走らせる。
「そ、それって――」
「フィオルンが死んだら、私も死ぬ」
私の宣言と共に、手首に塗った血が形を変えて、半円の紋章のように形を変える。
フィオルンの左腕手首に半円、私の右手首に半円。
手を近づけると、丸い紋章が生まれる。
「うん、これで私も余命7日、お揃いだね!」
「ちょ、ちょっと、死神!
なんてことしてるの――!?」
あまりの予想外のことに、フィオルンは動揺して私の手を払う。
「大昔、位の高い死神同士や国同士の契約などに使われたんだよ。
片方が暗殺されない様にって感じでね」
「ど、どーでもいい!
なんで、そんなことするの!
死神も、死ぬんだよ、あと7日で!!」
「安全なところから励まされるのって、確かに嫌かなあって思ったから」
親も医者もクラスメイトも励ましに来た。
彼らに悪意が無いのは知ってるし、完全に逆恨みだったけど、自分だけがこの世界のどん底で生きているような気持ちになったことがある。
どうして自分だけ不幸なのに、あの人たちは普通の生活を送っているのだろう。
「同じところに立たなきゃ、気持ちも助けられない」
フィオルンの手を握り、涙にぬれた蒼い瞳は綺麗だ。
「し、死神は、な、なんでそんな、ハッキリと、わ、私に手を差し出すのよ……!」
嗚咽を堪えて、「一人で死にたい気持ちが、揺らぐじゃない――」と、声が消えていく。
フィオルンは、病院で世界を恨み、人々を恨み、期待を持てなかった私自身だ。
同じように世界を嘆く人がいたら、鎌を振り下ろすよりも、手を差し伸べて寄り添いたい。
あの時の私が、口にすら出せなかった、その想いに、誰かが、気付いてるよって伝えたい。
「絶対に死なせない」
「死神――」
鼻をすすりながら、フィオルンは諦めたように微笑んだ。
「少ししか一緒にいないのに、死神のことはよく分かった。
あんた、本当のバカ。この世界で一番自分勝手なバカ」
「ふへへ、よく言われる」
「ほ、ほめてないし、……死神といると調子が狂う」
フィオルンは悲しみを吹き飛ばすように、大げさに腕を組んでプイっと顔を背けた。
焚火に照らされた顔が美しくて本当に天使のようだ。
「それで……できることって何なのよ」
話の腰を折ったのを思い出したのか、フィオルンは再び私に向きなおる。
「【死の黒薔薇】が繁殖したのは1000年前なんだ。
それも、神々の戦争で使われたんだって」
私の話でピンと来たのか、フィオルンはハッと息を呑む。
「この土地は1000年前に神々の戦争で滅んだ……」
「そして、当時、【死の黒薔薇】を消滅させたのも死神。
ね、もしかしたら、この地にヒントがあるかもしれない」
「死神……そんなこと考えてたの」
「それには7日以内に、生活拠点を固めながら、過去の形跡を探さないとだけど……多分、なんとかなるよ!」
「まったく、死神は楽天的なんだから……」
やれやれと肩を竦めて、フィオルンは微笑む。
「あれ、初めて笑った?
とっても、かわいいね!」
「ま、またハッキリ言って――恥ずかしいことばっかりいわないの!」
「伝えたいときに伝えなきゃ、伝わらないでしょ?」
この子は何を言っても駄目だ、と諦めたように、フィオルンは口を結ぶが、どこか楽しそうだ。
「ほら、じゃあ、何からするの?
いじけてるのも飽きたから、私も手伝ってあげるわ、――ココノ」
「そうだねえ、それじゃあ――ん?」
なんだか耳慣れない言葉を耳にしたような。
「ねえ、もう一回言って、フィオルン」
グイっと顔を近づけてフィオルンにお願いするけど、彼女はスッと後ろに下がる。
「やだ――ふふっ」
何がおかしいのか口元を隠して、フィオルンは笑みをこぼす。
まるで、雪山に咲く、一本の華のように、可憐に、力強く、私には見えた。
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🔨次回:第4話 水を確保しよう
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