第2話 元死神は前世に生かされる
頭が重たい、吐き気もする――けど生きてる証拠だった。
「ここは……?」
空は深い灰色の雲に覆われ、青空はどこにも見えない。
地面はごつごつとして、生命力がなく、死の気配に溢れている。
雑草や木々はあるものの、曲がりくねっていたり、おどろおどろしい色をしていたり、まるで地獄の果てのような場所だ。
遠くに見える紫色の川……毒の川、なのかな?
「ここは、ニブルヘイム……?」
この荒れ果てた土地は、役目に背いた死神が追放される場所だと聞いた事がある。
――と、柔らかい物を握っているのを思い出した。
「だ、だいじょうぶ……?」
私はずっと少女の手を握っていた。
少女は不機嫌な顔をしたが、ぽつりと呟いた。
「……あたしは平気」
「そう、良かった――って、ええ!?」
真黒だった死神のローブが真っ白になっている。
「どうして……?」
ローブは死神を象徴する死神武装の一つだ。
持ち主の死神の力を元に作られている。
色を失ってしまったということは、私から死神の力が無くなったことを意味する……?
私は試しに腕を空へと伸ばした。
「【
大鎌を召喚しようとしたけど、うんともすんとも言わない。
これはやっぱり……。
「使命に背いたから、死神の力が失われた?」
ニブルヘイムに飛ばされただけじゃなく、力を封印されたのかもしれない。
「あ、そうだ。
名前、教えて貰ってもいいかな?」
「何故? 私はすぐに死ぬのに」
腕を組んで高圧的に私を睨む。
寝ているときは天使かお人形さんのようだったのに、口を開けば随分と
「私は貴女を死なせたくないから」
彼女の蒼い瞳を見てハッキリと伝える。
すると少女は、うっと身を引いた。
「よくそんなにハッキリと言えるわね……」
「新しい人生、せっかくだからやりたい事をしたいもん。
私はナイン――じゃないか、ココノ」
押しの強さに負けたのか、少女はむむむっと眉根を寄せる。
「あたしは……フィオルン」
「フィオルンだね。
これからよろしく!」
私が手を差し出すと、フィオルンは手を伸ばしかけて――引っ込めてしまった。
「あと7日しか一緒にいない。
そんな奴と仲良くして、何になるっていうの」
ぷいっと顔を背けて、彼女は自分の肩をさする。
よく見ると吐く息も白い。
「フィオルン、寒い?」
彼女は寝巻のまま飛ばされたから、白を基調とした足元までのワンピース一枚だ。
足も裸足で指先も冷たそうに見える。
「……大丈夫」
強がってる。
「余命7日の私の心配なんかより、自分の心配をしたら?
あんた――死神はさ、仲間を裏切ったんでしょ」
鋭い瞳が私を射抜く。
「死神の使命に背いたけど、後悔してないよ。
フィオルンの魂を刈り取ってた方が、後悔してたと思う」
これは本当の気持ちだ。
自分と同じように、生きるのを諦めている人の命を狩るなんて、私にはできない。
「……変な死神」
「ふへへ、そうかな」
「褒めてない」
不満そうな顔をされたけど、私は何故か嬉しい気持ちになった。
「さあて、このままじゃ凍えちゃうね。
フィオルンを絶対に生かすから、まずは落ち着けるところを探そう」
私は少し屈んで、彼女に背中を向ける。
「なに、そのかっこう」
「おんぶ、早く乗って」
「な――っ! 何を言ってるの!
子どもじゃないのに乗るわけないでしょ!」
フィオルンは動揺して、頬を赤く染める。
余命7日の割に威勢が良いは、病気じゃなくて呪いだからかもしれない。
「その足で歩かせたくない!」
「うっ、またハッキリ言って……」
私の勢いに負け、何を言っても無駄だと悟った顔で背中に回る。
フィオルンは少し躊躇いながら、そっと私の肩に手をかけた。
「こ、これで良い?」
華奢な体が、背中に寄り添う。
フィオルンの体温と滑らかな肌を感じながら、私は立ちあがる。
――軽い。
それに、こんなに、細いんだ。
「寒かったら、ぎゅってしてていいよ」
「……だ、だれがするか!」
けど、おんぶなんて久しぶりなのだろう。
フィオルンはしっかりと私の首に腕を回す。
「しっかり掴まっててね。
力は失っても、死神の体力は残ってるみたいだから」
「こ、こら、すぐに動くな、怖い!
ひゃっ――走らないで!」
「大丈夫。怖くないよ。
何があってもフィオルンは、死なせないから」
「ま、またそんなハッキリ言って――!」
私に掴まる腕に力がこもり、そっと私のローブに顔を埋めた。
フィオルンの小さな吐息がくすぐったくて、思わず身じろぎする。
風の音に混ざり、フィオルンが私の耳元に囁いた。
「―――ほんとに、変な死神」
◆ ◆ ◆
フィオルンを背負いながら、荒れ果てたニブルヘイムの土地を見渡しながら歩く。
現在地は荒野だけど近くに森が見えるのでそこを目指すことにした。
毒々しい木々が生い茂っているが、成長しているということは、水辺や食料があるかもしれない。
途中、不気味な遠吠えが聞こえたけど、身を隠しながら慎重に進んだ。
「あの木だけ、異様に大きくない……?」
フィオルンが指さす先には、この一帯ではかなり大きい巨木が天に向かって伸びていた。
枝葉はニブルヘイムの死の気配に侵されて、毒々しい色をしているが、浸食前はきっと名のある樹木だったのかもしれない。
「休めそうなところがあるね」
根元を見ると巨木の根が絡まり合ってできた、小さな空間があった。
中は私たちが横になれる程度の広さはありそうだ。
私は空洞の中でフィオルンを下ろして、二人で地面に座る。
祠になっているので、冷気は先ほどよりはマシだが、土地に沁みついた死の気配により、悪寒をずっと感じている。
そっと顔を盗み見ると、フィオルンの顔色が良くない。
ニブルヘイムは普通の人間ならば、すぐに気が狂ってしまう過酷な土地だ。
フィオルンがまだ大丈夫なのは、豊穣の聖女の加護があるからだろう。
「力を失った死神ですら、生きられない死の土地……か」
と、自分で口にしてハッとする。
「死の気配でおおわれている大地……」
普通の死神でも、過酷な環境に耐えられず死んでしまうかも。
だから死神の流刑地として機能しているんだけど……もしかしたら。
私はこの力だけは残ってて――と祈りながら、地面に向けて手を掲げる。
「
サァアアァ――。
地面から黒い靄が浮かび上がり、私の体の中へと吸収される。
「ユニークスキルは残ってる……!」
「フィオルン、少し空気が変わった気がしない?」
地面をずっと睨んでいたフィオルンが顔を上げて、小さく息を吸った。
「……そういえば」
「やっぱり、私のスキルなら死の気配を、私の力として吸収できるんだ……」
悪寒が消え去り、純粋な寒さだけが辺りに感じられた。
これならフィオルンの命の減少を、少しでも遅らせることができる。
「よおし、頑張れる気がしてきた!」
「……ふん」
フィオルンは膝を抱え、自分の足に顔を埋める。
「じゃあ、まず生き残る為、その1をしないとね」
現状は無人島で遭難したようなものだ。
なら読んだことがあったと思う……サバイバルの本を。
病院でジャンルを問わずに読んでいた本の知識が、こんなところで役に立つなんて。
「ええと……もし無人島に流れ着いたら、火をおこしましょう」
って書いてあった気がする。
「……無人島?」
独り言にフィオルンは顔を上げた。
「ちょっと違うよね」
はははと笑いながら、私は火のおこし方を思い出す。
「火をおこすには、まず燃えるものと火種が必要――」
火は生活の必需品だ。
体を温めるし、闇を照らす、食べ物を焼く事だってできる。
だけど、周囲には毒々しい木々と、灰色の地面が広がるだけ。
「火種になるもの……うーん……」
火をつけるにはいくつか種類があるけど、簡単なのは火打ち石を使う方法だ。
この辺りには黒い石がゴロゴロ転がっている。
「うーん、どれが火打ち石かわかんない……」
適当に拾ってみて、別の石とぶつけてみる。
カンッ。
「……うーん、これじゃない」
火打ち石は、硬い石とぶつけることで火花を散らす性質がある。
だから、とにかくそれらしい石を叩いて試すしかない。
フィオルンはただ静かに私の様子を伺っている。
何度か試し、少し黒っぽく、表面がざらついていた石を手にした。
カチッ……バチッ!
「きゃっ、な、なにしたの!?」
我関せずと見ていたフィオルンも、流石に今回ばかりは驚いている。
「ふへへ、これでフィオルンを暖かくできるよ」
「ふ、ふーん……こんな土地にも火打石があるのね……」
少し興味が湧いたのか、私をじっと見つめる。
私はすぐに枯れ草を集め、細い枝を組み合わせて小さな焚き火の土台を作った。
更にできるだけ風が直接当たらないよう、枯れ草を小さな山状にする。
そして火打ち石を叩く。
「うーん……」
何度も石を叩くけど、火花はすぐに消えてしまう。
「もう一回……!」
何度も挑戦するうちに、指先が冷えて動かなくなってくる。
「ちょっと、貸してみなさい」
見てられなくなったのか、フィオルンは私の手から火打石を奪う。
「本当はね、火打ち金と打ち付けると点くんだけど――」
カチッ、カチッ……と、何度か打ち付けると、赤い火花が飛び散った。
更にフィオルンは急いで手で風よけを作り、枯草に移った炎へ、そっと息を吹きかける。
「フィオルン、すごい……!」
「こう見えても、豊穣の聖女になる前は、よく火打石も使ってたんだから」
ふふんと得意げに胸を張る。
炎はじわじわと息を吹き返し、やがてゆらゆらと揺れ始めた。
「……暖かいじゃない」
「やったね、フィオルン!」
私はつい勢いで、フィオルンに抱きつく。
「ちょ、ちょっと、死神!
は、離れなさいってば!」
「火が大きくなるまでは、私が暖めてあげるよお」
「いい、別に!」
押し問答している空間には、ぱちっ、ぱちっと、枯れ草が燃える音が響く。
「ふへ、へへへ」
「……ふふふ」
なんだかんだ言いながらも、私たちは笑い合い、焚火を見つめた。
炎は小さくても、確かにそこにあった。
じんわりと肌に伝わる熱に、涙が出そうになる。
「火があると、元気になれるね」
「そうね……そうかもしれない」
フィオルンの笑顔はすぐに消え、蒼い瞳に炎が移る。
まるで宝石みたいだ。
「……死神」
ふいに視線が合う。
じっと見つめられて、心臓が妙に跳ねた。
「あたしは、まだ、生きられるなんて、これっぽっちも信用できない。
……けど、少しは、死神の話を聞いてやってもいい」
焚火が放つオレンジ色の光が彼女の表情を照らす。
私の隣でフィオルンは膝を抱えている。
けど、そっと私の肩にもたれかかる。
心臓の鼓動が、不思議と近く感じた。
体温が伝わるたびに、じんわりと胸が熱くなる。
逃げ出した地で私たちは、身を寄せ合いながら、ぱちぱちと燃える火を眺める。
「死神――私を生かせるものなら、生かしてみせなさい」
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🔨次回:第3話 生かす死神
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