🔨病弱少女が死神に転生。~現代知識で短命乙女を生かします~

ひなのねね🌸カクヨムコン11執筆中

第1話 死神は死を手放す

「あなたの余命は、あと300秒」


 月明かりが差し込む病室。


 ベッドに横たわる私の横に、冷たくも美しい顔立ちの死神が立っている。


 彼女の瞳は、まるで彫刻のように整っているが、どこか悲しみに満ちた輝きを宿している。


「300…秒……?」


 胸が締め付けられ、息をするのも辛い。


 私は幼い頃から病室で過ごし、外の世界の風を知らずに生きてきた。


 今、その運命がこの瞬間に決まろうとしている。


「最後の望みは、これか」


 彼女はそっと本棚へと手を伸ばし、擦り切れた図鑑や童話、ハウツー本、漫画、小説など、私が心の奥で大切にしていた書物を数冊、枕元に置いた。


 外の世界で使える知識だけは、誰よりも吸収しようと努めたはずなのに……。


「はあ……、くっ……はあ……!」


「来世は、楽園だと良いね」


 フードの奥の顔は完璧な人形のように整っている。


 ……でも、今にも泣きそうに見えた。


「楽園なんて、どこにもない……つ、つぎにも、期待なんかしない」


 彼女はため息交じりに呟きながら、鎌を振り上げる。


「――だからこの仕事は嫌いなんだ」


 鎌がゆっくりと振り下ろされた。


 金属の刃が空を裂く音がして、刹那、世界が闇に飲み込まれた――。


◆◆◆


「――っ!」


 次の瞬間、気づけば全く知らない場所に立っていた。


 遠くに点々と灯る城下町の明かりが、静かに輝いている。

 

 ここはそびえ立つ高い塔の屋根だ。

 オレンジの瓦がカチャカチャと音を鳴らす。


 ビルや近代的な建造物は一切なく、まるで本で見たヨーロッパの田舎風景そのものだ。


 風が通り抜けるたび、身にまとった漆黒のローブがはためく。


 このローブ……どこかで見たことがある。

 あの病室で、私の命を刈り取った、あの死神――。


「いつものパジャマじゃない……」


 思わず自分の手に目をやる。


 白く健康的な小さな手。


 ローブの隙間から見える、しなやかな腕。


 まるで制服のような可愛い衣装――。


 ずっと病室に閉じこもっていたからこそ、「立つ」という行為そのものが奇跡のように感じられた。

 

「すごい……これが私の身体……!」


 嬉しさに思わず跳ね上がると、満天の星空と遠くの町の灯りが一層鮮明に私を包んだ。


 しかし喜びも束の間、足元がふと滑り落ちかける。


「……っと、うわ、ととと!」

 

 足元は屋根から離れて、身体はぐるりと天を仰ぎ重力に引っ張られる。


「ナイン、また危ない遊びしてる」

 

 振り向くと私のローブの端を掴んでくれた少女の姿がある。


「あ、ありがとう。スリーセブン」


 呆れた顔で私を引き上げてくれたのは、夜空のように艶やかな黒髪の、真面目そうな眼鏡の少女。


 彼女は死神管理番号リーパー・ナンバー777――通称スリーセブン。


 私の教育係であり、母のようにしっかりしていて姉のように優しい存在だ。


「ごめん、つい夜空と街明りが綺麗で」


 無意識に相槌を打ちながら、私は身だしなみを整えて、再び屋根から飛び降りた。


 信じられないほど軽やかな体で、バルコニーへと身を滑り込ませる。


「ナインは相変わらず自由なんだから。

 私が居なかったら頭から落ちてた。

 転生後、初の魂狩りソウル・ハントが思いやられるよ」


「だいじょうぶだってば。

 私は一桁席ひとけたせきの死神。

 私のユニークスキルなら、どんな魂狩りソウル・ハントも――ん?」


「どうしたの?」


「うん、なんか……?」


 死神?

 →女性のみの転生者で構成された異能集団。


 一桁席ひとけたせき

 →1番から9番の死神管理番号リーパー・ナンバーが振られた死神は、特殊個体として驚異的な能力を保有する。


 魂狩り《ソウル・ハント》?

 →力を持つ短命者の魂を宣告期間内に回収すること。通常の魂回収とは区別される。


 ユニークスキル?

 →死神が保有する固有の技。前世の人生により能力は決定する。


 自分で話したのに、耳慣れない単語だ。


 しかも脳が勝手に単語と意味を結び付けてくれる。


 まるで初めから知っているように。


 夢の中で、私が私じゃないみたい。


「――私は死神に転生したのかな」


 転生前と後の意識が溶け合って、自分が何者なのか意識が混濁していく。


「大丈夫、ナイン?

 そろそろ、短命者の魂を狩りに行くよ」


「分かってる、スリーセブン。

 ――ううん、ナナナ、私、私……」


 任務中は死神管理番号リーパー・ナンバーで呼び合う決まり。

 でも、親しい者同士は、人間だった頃の名残で、あだ名をお互いに付け合う。


「前世酔いだね。

 いらっしゃい、ココノ」


 ナナナは豪華なソファーに腰掛けて、両手を広げる。


 私は自然と彼女の腕に中に吸い込まれるように身を委ねた。


「……一桁席ひとけたせきの死神は、前世の記憶と唯一無二のユニークスキルを有して代わりに、前世酔いが酷いんだよね」


 ナナナはまるでお母さんのように優しく私の頭を撫でてくれた。


「ココノが落ち着くまでこうしてあげる」


 記憶はないはずなのに、いつもそうされていたような安心感があった。

 

「うん……」


 ほどよい胸に顔を埋めると、絡まり合っていた記憶と意識がほどけ、吐き気や頭痛が少しずつ和らいでいく。


「あ、ありがとう、ナナナ」


「甘えん坊は、いつでも抱っこしてあげるからね」


 ナナナの唇が、頬にそっと触れる。

 ふわっとした温もりが残る。


  私が驚いた顔をすると、ナナナはくすっと笑った。


「私はどんな時も味方だから」


 ちょっと照れくさいけど、頼りになるお姉さんみたいで安心する。


 そこで部屋にある立ち鏡に映った姿が目に入った。


「これが……わたし?」


 小動物みたいにちんまりした少女が、呆けた顔で鏡を見ている。


 ……信じられないほど美少女だ。


 ――はっ!


 転生したばかりなのに……私、いま自分に見惚れてる?


 先に部屋を出ていったスリーセブンを追って、私も部屋を出る。


「豊穣の聖女の部屋は一番奥だね」


「う、うん、分かった」


 記憶を漁ると、私は初任務で短命者『豊穣の聖女』の命を狩りに来たことを思い出した。


「大丈夫、私がついてる」


 豊穣の聖女の部屋の前で、スリーセブンが私の手を握る。

 ひんやりとして、でも優しい手。


 その温度が安心感をくれる。


「ありがとう、スリーセブン」


「じゃ行くよ、ナイン」


「……うん」


 意識の半分に引っ掛かっている。


 私は前世で何かを願っていなかった?


 私とスリーセブンはフードで頭を覆う。


「「【死神の大鎌グリム・サイス】――!」」


 死神のスキルで大鎌を手元へ召喚する。


 ――ギィ……。


 ゆっくりとドアを開けると、何も装飾のない部屋の中央にベッドのみが置かれていた。


 ベッドは月明かりに照らされている。


「ナインが魂を回収して。

 大鎌で肉体と魂の繋がりを断ち切るの」


「う、うん――」


 この世界の死神が魂を回収する理由。

 それは異能持ちの短命者が暴走してしまう前に魂を刈り取る事。


 理屈は分かっているのだが、手に持っている大鎌が震える。


 恐る恐る足を進めると、お人形のように穏やかな寝顔の少女がいた。


 歳は私と同じくらい。

 金のふわふわとした長い髪、わずかに膨らんだ胸の上で組んだ手。


 私の瞳で自動発動したスキル【死神の目リーパー・オキュラー】に彼女の寿命が表示される。


「……余命7日」


 ひどい……。


 短命の理由は彼女にかけられた呪いだろう。


 私の【死神の目リーパー・オキュラー】は、呪いの形もはっきりと教えてくれる。


 胸の上から黒い薔薇の花弁が咲き、彼女を覆うように幾つもの蔦と棘が見えた。


 ――これは【死の黒薔薇】。


 1000年以上昔に存在した、命を栄養源に成長する呪いの一種だ。

 でも、今は消滅させられた呪いだったはずなのに?


「かわいそうに……」

 

 私は、震える手で大鎌を振りかぶった。


 頭の片隅では、病院のベッドで色々な機材に繋がれた私自身の姿がちらつく。

 

「うっ……!」


 頭が痛い。


 目の奥が熱い。


 喉がチリチリする。


 これも前世酔い……?


「ナイン、躊躇わないで。

 死神は使命に背けば、力を失って廃棄処理されてしまう――!」


 ナナナが何かを言っているが、上手く頭に入ってこない。


「う、うう……!」


 体の奥が熱い。


 平らな胸をかきむしりたくなる。


「あ、ああ――!」


 私は鎌を振り下ろせないでいる。


 だって、この子は、この子は――。


 目の前の少女がゆっくりと目を開ける。


 その瞳は、静かだった。


 何も期待していない。


 何も願っていない。


 ただ、『そうなる運命だから』と受け入れている。

 それが、酷く胸を締め付けた。


「あの頃の私だ……」


「……やっと殺しに来たの? 死神」


 彼女は表情に感情はない。


 けど「ありがとう」と言っているようにも、「ついに終われる」と言っているようにも聞こえた。


 その瞬間、頭の奥で何かが弾けた。


 ――あの時の私と、同じだ。


 ベッドの上で、天井を見つめながら、終わりを受け入れていたあの頃の私。


 誰にも必要とされず、何も残せず、ただ消えていくのを待つだけだった私。


 ――そんなの、許せない。

 ――そんなの、許せるはずがない。

 

「うああああああ!」


「ココノ――!」


 この部屋に充満するを、私は体内にする。


 私のユニークスキル死と生の転換グリム・シフトが勝手に発動したのだ。


 すると死神の使命を拒んだ私を囲むように、呪文が書かれた真っ赤な魔方陣が幾つも折り重なって生まれた。


 死神を使命で縛っている禁忌の魔術――が、私に警告する。


「――あ、あなたは、どうして、そんなに簡単に諦められるの?」


 震える声で問いかける。

 あのときの私も、死神には、こんなふうに見えていたの?


 少女と前世の私の幻影が重なる。


「……わたしは、を、殺せない」


 手が震える。

 大鎌が、重い。


「あああ――うう……私は……私は、もっと生きたかった――!」


 叫んだ瞬間、胸の奥が熱くなった。


 体の奥底から、得体の知れない力が湧き上がる。


 死の気配が、私の中へと流れ込んでいく――!


 ユニークスキル、死と生の転換グリム・シフトが暴走し始めた。


 魔方陣が幾重にも重なり、光が弾けるように広がる。


 死と生の転換グリム・シフトは禁忌の魔術すら、て制御すらできない。


「だから、だから!

 この子は――、生かしたい!」


 私の体に、燃えるような痛みが走る。

 死の気配が、私の中へと流れ込む。


 皮膚が焼けるように熱い。


「生きるのを諦めるのは、私だけで良い――」


 走り出して私を掴もうとするスリーセブンの手が見える。


 震える手を伸ばし、豊穣の聖女の指をぎゅっと掴んだ。


 小さくて、か弱くて、けれど――温かい。


「……絶対に、生かす――!」


 空間がひび割れるような衝撃とともに、死の気配が吹き荒れる。


 その瞬間、暴走した死と生の転換グリム・シフトが、禁呪と混ざり合い、飽和した魔力によって、私と豊穣の聖女をこの場から消し去った。



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🔨次回:第2話 元死神は前世に生かされる

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