利尻島「利尻の霧」
利尻島はその美しい山と海で知られていますが、その美しさの裏には恐ろしい話が隠されています。特に、島の北部に位置する沓形(くつがた)地区には、霧が深く立ち込めると、悲劇的な出来事が起こると言われています。
ある秋の午後、写真家として名を馳せる健一は、利尻富士の美しい風景を撮影するために島を訪れました。彼は一人で、沓形の海岸沿いを歩きながら、絶好の撮影ポイントを探していました。
夕方、突如として濃い霧が島を覆い始めました。健一は慌ててカメラを片付け、宿に戻ろうとしましたが、霧の中で道を見失いました。遠くから聞こえる波の音だけが、彼の不安を増幅させました。
「こんなに霧が濃いのは初めてだ…」と呟きながら、彼は足元を確かめつつ歩き続けました。そして、突然、目の前に一人の老女が現れました。彼女は、どこか懐かしい眼差しで健一を見つめました。
「こんな所で何をしているの?危ないわよ」と老女が言いました。健一は助けを求めるつもりで彼女の後を追い始めましたが、彼女は霧の中に消えていきました。
健一は再び道に迷い、冷たい風に身を震わせながら歩き続けました。やがて、彼は小さな灯りを見つけ、そこへ向かいました。それは古い漁師の小屋で、入り口には「ここに来るな」と書かれた札が掛かっていました。
無視して中に入ると、そこには幾つもの古い写真が飾られていました。見ると、全ての写真には同じ老女と、彼女の家族と思しき人々が写っていました。特に一枚の写真には、海で溺れている子供の姿が…。
その瞬間、健一は気づきました。老女が案内したのは、見知らぬ小屋ではなく、彼が死ぬ場所だったのかもしれないと。外では霧がますます濃くなり、恐怖にかられる健一は小屋を飛び出しました。
しかし、外に出た瞬間、彼は足を滑らせ、海に落ちてしまいました。冷たい水に飲み込まれながら、彼は老女の姿を見ました。彼女は悲しげに微笑み、波間から消えていきました。
翌朝、健一の遺体は海岸に打ち上げられました。カメラの中には、彼が最後に撮影した写真が残されていました。それは、霧の中で笑う老女の姿でした。
今でも、秋の霧が深くなると、沓形の海岸で写真家や観光客が姿を消すことがあります。そして、そんな日には、海から悲しげな歌声が聞こえると言われています。
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