浜頓別「浜頓別の病魔」

浜頓別町は、その静寂と自然に囲まれた美しさで知られていますが、古くから「病魔」の存在が恐れられています。この病魔は、秋の深い霧が立ち込める夜に現れ、恐ろしい疫病を人々に広めると言われています。


新しい医師、田中は、町の伝説を一笑に付していました。しかし、そんな彼も恐怖に引きずり込まれることとなる秋の夜が訪れました。


ある晩、診療所で夜遅くまで仕事をしていた田中は、窓の外から聞こえる異常な足音に気付きました。外を見ると、霧の中に黒く不気味な影が浮かび上がり、ゆっくりと近づいてきました。その影は、数年前に奇病で亡くなった男の姿そのものでした。


その日から、田中の体調は急激に悪化しました。高熱、体中の痛み、そして見るも無残な皮膚の腐敗。病院で検査しても原因は不明で、他の医師も彼の症状に震え上がりました。


「これは病魔の仕業…」と、町の長老が訪れ、声を震わせて語りました。「秋の深い霧と共に、疫病で亡くなった者の魂が復讐として生者に病を降ろすのです」。


しかし、田中は科学者としてその話を信じようとしませんでした。だが、日を追うごとに、彼の体は溶けるように衰弱していきました。目が見えなくなり、耳が聞こえなくなり、痛みは彼を狂わせるほどに。


ある夜、再度窓の外に影を見つけた田中は、恐怖にかられながらも最後の望みを託しました。長老の話では、「病魔を退けるためには、この地の奥深くにある、古い墓地の泉から水を汲み、その水を飲むしかない」と。


彼は、命を賭けてその泉を探しに行きました。霧が深く、死者の声が聞こえる中、ついに泉を見つけました。しかし、そこには不気味な光景が広がっていました。泉の周囲には、疫病で死んだ人々の亡骸が浮かんでいました。そして、田中が水を飲もうとすると、泉の中から数え切れないほどの腕が伸びてきて、彼を引きずり込もうとしました。


恐怖に打ち震えながらも、田中はかろうじて水を飲み、泉から逃れました。翌朝、彼の体調は奇跡的に回復し始めましたが、その恐怖は決して忘れられませんでした。


今でも、浜頓別では秋の霧が深くなると、誰もが一歩も外に出ず、家に閉じこもります。そして、田中はその深淵の恐怖を知る者として、黙って町の伝説を守る側に立つようになったのです。

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