第6話 香る恐怖の静寂
寝室のドアを開けた瞬間、翔は足を止めた。目の前に広がる光景が、彼の思考を一瞬で奪い去った。
ベッドが見えない。
いや、正確には、ベッドが無数の菊の花で埋め尽くされていたのだ。白、黄色、紫――色とりどりの菊が、あふれるように積み重なっている。その量は尋常ではなく、まるで部屋の中心に花の山がそびえているかのようだった。シーツや枕の形状は完全に隠され、花々の鮮やかさだけが視界を埋め尽くす。
翔は硬直したまま、一歩も動けなかった。
「……なんだ、これ……?」
掠れた声が漏れる。答える者はいない。
さらに異様だったのは、その匂いだ。強烈な花の香りが、部屋中に充満していた。それは生花の清々しさではなく、どこか重く、息苦しくなるような濃密な匂いだった。翔は思わず鼻を押さえたが、それでも鼻腔に染み込む香りを遮ることはできない。
「こんなこと……どうして……」
震える声で呟く。目を凝らして周囲を見渡すが、他に人影はない。ただ、菊の花が不気味なまでに整然とベッドの上に積まれているだけだった。
足元を一歩踏み出そうとすると、花びらがカサリと音を立てた。それはベッドの上だけでなく、床にも散らばっていることに気づくきっかけだった。まるで花が寝室全体を支配しつつあるようだった。
翔は再び後ずさり、部屋のドアの取っ手を握り締めた。喉が渇き、胸が詰まる感覚に襲われる。何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。全身に鳥肌が立つ中、ただ一つの考えが頭を支配する。
これは普通じゃない――何かがおかしい。
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