第2話 闇に浮かぶ微笑み
のぞき穴に顔を寄せた翔の胸は、警戒心で強く鼓動していた。小さなレンズを通して見える玄関の外は、薄暗い廊下の光にぼんやりと照らされているだけだった。
そこに、知らない老婆が立っていた。
「……誰だ?」
思わず小声で呟く。
老婆は無表情だった。白髪をきっちりとまとめ、黒っぽい着物のような服を身にまとっている。手には細い紙包みに包まれたものを抱えているように見える。翔が動揺していると、その唇がゆっくりと動き始めた。
「菊の花、いりませんか?」
その声はどこか冷たく、かすれた響きで、玄関越しにもはっきりと聞こえるほど静寂に溶け込んでいた。不気味な微笑みを浮かべる老婆の顔が、レンズ越しに歪んで見える。
翔は一瞬、頭の中が真っ白になった。菊の花? なぜ深夜にそんなことを言うのか理解できない。
「すみません、どなたですか?」勇気を振り絞って尋ねてみたが、声は微かに震えていた。
老婆は微笑みを崩さず、再び同じ言葉を繰り返した。
「菊の花、いりませんか?」
その声は一度目よりもさらに低く、耳元に直接響いているかのようだった。翔の背中に冷たい汗が流れる。老婆の動きはまったくない。彼女の無表情と不気味な微笑みだけが、翔の心に重い影を落としていく。
「おい……冗談だろ?」
翔は息を飲み、のぞき穴から顔を離す。しかし、再び覗いてみると老婆はまだそこにいた。同じ姿勢で立ち尽くし、無表情な笑みを浮かべたままだった。
「……これ、夢か?」
老婆はその場から微動だにせず、再び口を開いた。
「菊の花、いりませんか?」
声が低く、どこか異様に響く。翔は全身が恐怖に包まれるのを感じながら、のぞき穴をそっと塞ぐように手を当てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます