第4話 同居
「汚い家だけど上がって」
「すまない。お邪魔する」
外はすでに暗くなっている時間。
俺はエリスを連れて家に帰って来た。
我が家は二階建ての一軒家。
両親の持ち家だったが、それを引き継いで住んでいるというわけだ。
木造の古い家屋ではあるが俺は気に入っている。
横開きの玄関を開けると、エリスは物珍しそうに家の中を見渡す。
「英二はここに住んでいるのか」
「子供の頃からずっとな。ここ以外に住んだことはないよ」
生まれた時から住んでいた家で、親元を離れたことはなかった。
それを恥ずかしいと思ったこともないけれど、世間はそれを叩く傾向にある。
肩身の狭い思いをした時もあるけど、今は一人暮らしなんだ。誰になんと言われても気にしない。
家に上がってリビングにエリスを通す。
そこは洋室作りの十畳ほどの部屋だ。
四人掛けのテーブル席があり、大きなテレビが置いてある。
「本当に私もここに住んでもいいのか?」
「うん。俺一人じゃ部屋も多くてさ……一緒に住んでくれる人がいたら寂しくもないし助かるぐらいだよ」
「そうか……ではお言葉に甘えて世話になる。これからよろしく頼む」
記憶を失っているエリス。
彼女はまだ頭に包帯を巻いており、服は安物ではあるがそれなりに見える物を着ている。
装備類は『ギルド』に預けるルールとなっており、彼女が着ていた鎧はそこに預けてきたというわけだ。
白いシャツにジーパン姿ではあるが、スタイルのいいエリスにはよく似合っている。
そんなエリスを俺は引き取ることにした。
記憶が無く帰る場所も分からず行くところも無いとなると、可哀想だからな。
乗り掛かった舟じゃないけれど、彼女を放って帰ってくることができなかった。
俺みたいなおっさんと一緒に住むのは嫌かもなんて危惧していたが、エリスは別段気にしている様子はない。
家に一人で住むより、誰かがいてくれた方が楽しくていいしな。
金の問題なんかもあるけれど、でも女性を一人養うぐらいできるはず。
フリーターだけど持ち家だし……なんとかなるよな?
「それで明日からどうする。一緒に住むのはいいけれど、ずっとこのままってわけにもいかないだろ」
「うん……元々自分がどういう人間だったのか、それを確かめたいところだがな。それも難しいとなるとどうすべきか」
顎に手を当て思案顔をするエリス。
しかし改めて彼女の顔を見ているが……とんでもなく美人だな。
結婚しているかどうかも定かじゃないし、彼氏ぐらいいてもおかしくないよな、これだけ綺麗だったら。
歳も離れてるし俺なんか眼中にないだろうけど、一緒に暮らすとなると少し意識してしまう自分もいる。
ダメだぞ。彼女を助けるために部屋を提供するだけだからな。
「となると、当面の間は英二と一緒に行動しようと思う」
「俺と一緒に? 俺ってコンビニでアルバイトしてるだけだぞ」
「なら私もそこで一緒に働こう」
「…………」
エリスと同じバイトか
悪くないけど、あんなところでエリスを働かせたくないな。
「そう言えば英二」
「何?」
彼女が俺のことを英二と呼ぶが……最初こそくすぐったい気もしていたが、今は嬉しいのである。
これだけの美女に名前で呼ばれるのは気分が良い。
「何故君はあんな場所にいたんだ? 服装も普通だし、冒険者をしているわけでもないのだろう。私を助けてくれたのはいいが、『ダンジョン』にいた理由が知りたい」
「ああ。そうだな……」
普通は装備を整えてから『ダンジョン』攻略に当たるが、俺は自暴自棄であそこに侵入した。
それからエリスと出逢って……しかしどう説明すればいいんだろう。
「冒険者になろうとしたんだけど……挫折したんだよ。冒険をする前からな」
「挫折? 始める前から何故」
「【忍者】だったからさ。最悪の【ジョブ】を引き当てたんだ。他に一緒に行動してくれる人もいないし、もういきなりゲームオーバーさ」
「それなら私が一緒に冒険をしよう」
「は?」
エリスが真っ直ぐこちらを見つめてくる。
厳しくも優しい目。俺は彼女の視線に心を奪われていた。
「私もきっと冒険者だったのだろう。あんな恰好をしていたのだからな」
「そりゃ……そうか」
「なら冒険はできるはずだ。入り口付近はそう難易度が高くないんだろ? それぐらいなら記憶喪失の私と初心者の英二、そんな二人でもなんとかなると思わないか?」
「思わなくもないけど、いいのか?」
「英二は私の命の恩人だ。私ができることならなんでもしよう」
ロウソクに火が点くように、微かな希望が灯る。
冒険者は諦めていたけど、一緒に冒険をしてくれる仲間がいればもしかしたら……
それにルーシアが言っていた。
強くなれると。
「お願いできるか?」
「願いなど必要ない。英二が望むならそうしよう」
「だったら頼むよ」
力強く頷くエリス。
俺は胸の中に確かな熱さを感じながら、彼女に頷き返す。
終わりだと思っていた冒険者人生であったが、まだ望みは残っているようだ。
こうして俺とエリスはパーティを組むこととなり、同居と冒険者としてのスタートが熱く静かに決まったのであった。
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