第2話 ルーシア
その女性は金色の髪を足元まで伸ばしており、人間離れした美貌は息をのむほどだ。
エメラルドグリーンの瞳は涙で潤み、背の低い彼女はそれで俺を見上げてくるのだが、それだけでもドキドキが収まらない。
さっきまで死のうと考えていたのに、現金なものだ。
白のワンピースには深いスリットが入っており、嫌でも見える足には黒いヒモが巻かれていて圧倒的な魅力を感じる。
頭にはコロネのヘアピンがついており、総合的に見てアイドルか何かとしか判断できない美少女。
そんな彼女は涙を流して洞窟内ですすり泣いている。
何があったのかと俺はオロオロしてしまう。
「あ、あの……何かあったんですか?」
人付き合いが苦手な俺は女性相手にどう接すればいいのか迷い、恐る恐る彼女のご機嫌を窺うことに。
「私、失敗してしまったんですぅ」
「失敗ですか」
「はい」
「えっと……失敗ぐらい誰でもありますよ。俺だって失敗するし」
「あなたも失敗するんですか」
「ええ」
俺も同じように失敗をする。
誰だって失敗をするだろう。でも彼女は俺に対して親近感を覚えたのか、涙を止めてジッとこちらの顔を覗き込んできた。
あまりにも女性慣れしてない俺は咄嗟に顔を背けるが、彼女は移動までして再びこちらの顔を眺めてくる。
「あの、何か?」
「……話聞いてくれます?」
「話? 別に話ぐらいならいいけど」
「ならこっちに来てください」
「え、ちょ……」
彼女に手を握られ、俺は洞窟の奧へと誘われていく。
アラフォーなのに情けない話なのだが、女の人と手を握るのが初めてで顔を真っ赤にする俺。
物理的に死ぬつもりだったが、今は幸せすぎて死にそう。
女の人の手ってこんなに柔らかいのかよ。
簡単なことですでにこの人の事を好きになりそうになっている自分がいた。そんな自分も案外嫌いじゃない。
彼女から香る甘い匂いにボーッとしていると、この子は何故か周囲を警戒するように左右を確認する。
確認したかと思うと次に壁に向かって走り出した。
「ちょっと、何やってんの!?」
勢いよく壁にぶつかる! そう思ったのもつかの間。
気が付けば俺は知らない家の中にいた。
「な、な……どこここ?」
「私のお家です。それではそこに座ってください」
「はぁ」
何故か到着した彼女の家。
中は十畳ほどの和室。
こたつがあって古い型のテレビがあって……若い女性が住んでいる家とは思えない。
しかし畳と共にある彼女の残り香。
間違いなく彼女の家であると俺は判断する。
こたつに入ると彼女は奧の部屋へと行き、豆菓子を用意して帰ってきた。
「これでも食べて話を聞いてください」
俺は頷き、彼女が出してきた豆菓子を口にする。
美味い。味はアーモンド。見た目は真ん丸の豆だが気に入った。
こういうのって食べ出すと止まらなくなるんだよな。
俺は無遠慮で豆を次々に口に運んでいく。
「まだおかわりありますから、ドンドン食べてくださいね」
「それで話って? あ、今更だけど俺の名前は万燈籠英二。君の名前も教えてくれないかな」
年下っぽいし、もう敬語もいいだろう。
彼女は手元にあったポットでお茶を入れ、こちらに差し出してくる。
「私の名前はルーシアです。よろしくお願いします英二さん」
女の人から英二さんなんて呼ばれたことがなく、俺はそれだけでまた彼女に惚れてしまいそうだった。
単純すぎるだろ、俺。
人生どころか恋愛に対しても弱者な俺に取っては、とんでもなく幸福な経験だ。
この瞬間のことを後生大事にするとしよう。
「私、とんでもなくミスが多いんですよ」
「ミスですか」
「はい。この間も神様に怒られまして」
「神様ですか」
「ええ」
神様って、何を言ってんだこの人は。
もしかして宗教の勧誘だろうか。
最近は出会い系アプリを使ってそういうことをする人もいると聞くが……まさかな。『ダンジョン』内で出会い系勧誘は考えにくい。
しかし俺は警戒しながらも悲しく笑うルーシアを見る。
これだけの美女だ。とにかく話だけ聞いてみるとしよう。
手元にある豆を口にし、黙って話の続きを聞くことに。
「でも神様も神様ですよね。お茶とスープを間違えたぐらいで怒らなくてもいいと思うんです」
「ですよね」
「そうですよね? ですよね! そうなんです。神様も怒りすぎなんですよ。私は確かにドジかも知れませんが、それを理解したうえで怒らないでもらいたいの。常日頃からそう思っているんです」
この人は仕事ができない人なんだろうな。
ふんふん鼻息を荒くしているルーシアを見て、可愛いと思いながら少し残念な気持ちを抱きつつあった。
「でも何で私はミスが多いのでしょう」
「少し落ち着いて行動したらどうかな。ミスするから頑張らないとって、必死になり過ぎてるのかも」
「あ、そうかも知れません……確かに必死になりすぎてます私。それがミスの原因なのでしょうか」
「断定はできないけど、その可能性もあるかも」
知り合ったのは数分前。
彼女がどういった人なのかもまだ理解していないのだ。
断定などできるものか。
俺が豆を食べ終えたのを視認したルーシアは、皿を持ってまた豆を出してくれる。
彼女が用意してくれたお茶も美味しいし、まるで田舎にでも泊まりにきた気分。
心地よさが半端ない。
「こんなものしか出せないですいません」
「いやいや、おじさんにはこういうので十分だよ」
「おじさんなんて歳じゃないでしょ?」
「ははは。もう42ですよ」
「まだまだ42じゃないですか。私は323歳ですよ」
冗談にしてはおっとりしすぎた表情。
本気の言葉じゃないにしろ、笑っていいのかどうか困る顔だ。
俺は適当に誤魔化すことにした。
「み、見えませんね。323歳には」
「よく言われます。貫禄がないんですかね」
貫禄どころか可愛すぎて困ってるんですけど。
見た感じ日本人ではないのだろうけど……本当は十代だと俺は睨んでいる。
「ああ。ドジは卒業したいな」
「なら、今年の目標に掲げておいたらどうかな。一年かけて目標を達成して……って、何も達成してない俺が言っても説得力はないかもだけど」
「いいえ! 目標を設定するのもいい考えですね……よし。今年の目標はそうします。ありがとうございます、英二さん」
「あ、いや。そんな感謝されることじゃないから」
頭を下げるルーシアに困惑する俺。
そんなお礼を言われるほどのことじゃないよ。
「ちなみに英二さんの目標はなんですか?」
「冒険者になる……って目標だったんだけど、スタートから躓いちゃってね」
「躓くって、何があったんですか?」
「【ジョブ】が【忍者】だったんだよ」
「ああ、【忍者】。外れジョブだなんて揶揄されてますもんね。でもレベルが上がれば強い【ジョブ】のはずですよ。そういう設定になってますから」
それはどこ情報なんだ。
この子は俺が生きている世界とは別の世界からきたのではないか。
そう考えざるを得ないことを口にする。
【忍者】が強いなんて聞いたことないぞ。
レベルが上がる前に見捨てられて冒険者としては役立たず。
それが最終結論のはずだ。
「とにかく、冒険者として頑張るおつもりでしたらレベルが高くなるまでは努力してください。きっと強くなれるはずですから」
「強くなる前にパーティを誰も組んでくれませんよ。それが【忍者】の宿命だから」
「……神様に話しておきます。もう少し設定を考えてもらえますように」
「お願いするよ。ああ。でも俺の愚痴も聞いてもらうことになっちゃったな。ありがとう、ルーシア」
「いいえ。基本的に話を聞いてもらったのは私なので」
ニコニコ笑顔のルーシア。
俺は豆を食べて、お茶でそれを流し込む。
「私の目標、今年はミスをしないにグレードアップしますから、英二さんも頑張ってください。冒険者として花を咲かせられるように」
「それができたら苦労しないんだけどね。でも死にたい気持ちになっていたから助かったよ」
ルーシアがいなかったら死んでいたと思う。
そう考えると、彼女に対して感謝の念が生まれていた。
「では辛いこともあると思いますが、あなたの幸福をお祈りしています」
「ありがとう、ルーシア」
笑顔のルーシアに頭を下げ、俺は彼女の部屋を出る。
家の扉を抜けると、そこは元いた『ダンジョン』であった。
「……もしかして幻でも見てたとか?」
さっきあったことは現実だったのかどうか。
俺は少し混乱するが、だが満腹感がある。
豆を大量に食べたことをお腹と頭が記憶している。
あれは現実のことであったのだろう。
そして俺はルーシアのことを頭に思い浮かべ、クスリと笑うのであった。
「また会いたいな」
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