10:みぜりあがあらわれた。
執務室から出たミゼリーと抱きかかえられたままの私は、護衛を連れて廊下を歩いている。
道中ミゼリーはいつにも増して上機嫌で、「みっつけたー♪ みっつけたー♪」と謎の歌を口ずさんでいる。何を見つけたんだろう?
にこにこのミゼリーの顔を見上げながら、到着したのはミゼリーの自室の前。くるりと振り返ると、護衛の男性に話しかけた。
「お外に行く靴を履いてくるから、ここで待っててほしいの」
「承知いたしました。では側仕えを……」
護衛は隣室へ側仕えを呼びに行こうとしたが、それをミゼリーが引き留める。
「いらない、ひとりで履けるの」
「しかし……」
「いいの! 自分で履く!」
この年頃の子は覚えたことを自分でやってみたくなるものだ。護衛の青年は、ミゼリーも最近そう言い出すことが増えてきたと同僚や側仕え達から聞いていた。
まあ、自室で靴を履き替えるくらいなら危険はないだろう、と青年は判断した。
「承知いたしました。もしお困りの際はお呼びください」
護衛を部屋の前に立たせて自室の扉を閉めると、ミゼリーは室内を念入りに見渡して人がいないことを確認した。そして小走りでクローゼットの前に立つ。
靴ならシューズクロークでは? と思いながら私はミゼリーの表情を伺うと、ミゼリーもこちらを見た。
「パロ、これから『ひみつのへや』に連れてってあげる。見ててね」
囁くような声でそう言うと、私をゆっくりと床に降ろしてから、クローゼットの扉を4度ノックした。
コンコンコンコン。
ここってクローゼットじゃなかったっけ? と思いながら見ていると、不思議なことが起こる。
……コン。
中からノックが返ってきた?
それを確認したミゼリーは、両開きのクローゼットの扉を開ける。
内部はたくさんの洋服が掛けられているウォークイン様式になっていた。が、それだけの普通のクローゼットだ。ノックを返してきた主も見当たらないし、生き物の気配も匂いもしない。
「こっちこっち」
ミゼリーは薄暗い洋服の森に踏み入ると、小声で私を呼ぶ。中に入ると、ミゼリーはクローゼットの扉を静かに内側から閉めた。
視界が暗闇に包まれた。
ここが『ひみつのへや』なのかな? と思っていると、ミゼリーは再度扉を一度だけノックした。
するとクローゼットの扉が勝手に開いていく。暗いクローゼットに差し込む光の向こうは……。
どんな仕掛けなのか、見覚えのない部屋に繋がっていた。
水色と白のストライプ模様の壁。
やたら高い天井には豪華なシャンデリア。
艶のある白い大理石の床の上には毛足の長いラグが敷かれ、乳白色で統一されたこだわりのデザインの家具はミゼリーの部屋のものとは趣が異なっている。
縦に長い出窓からは柔らかな陽光が射しこみ、窓の外には見覚えのない花畑が丘の向こうまで続いている。
まるで絵本の世界で出てくるような部屋を具現化したような空間だった。
これは……魔法? いや、ミゼリーは扉をノックしただけだ。転移系の魔法の兆候は感じられなかった。でも違うとしたら、この技術は……?
「ようこそ、ミゼリー。そして、はじめまして、かわいいワンちゃん」
部屋から、ミゼリーに少し似た声質の少女っぽい声がした。しかし人影は見当たらない。
ミゼリーの後に付いてクローゼットから出ると、ほんの一瞬、言葉では言い表せない”妙な感じ”がした。魔法が展開された領域に踏み入る際の感覚に近いものだった。
「お姉さま、私たちと秘密を共有できる子を見つけたわ! 名前はパロっていうの。私がつけたのよ」
えっ!?
急にミゼリーの口調が変わった。明らかに4歳児のそれではない。
どういうこと??
「そうなのね。ようこそパロ、私はミゼリア。ミゼリーの姉よ」
……と自己紹介されるも、やはり姿は見えない。気配も匂いも感じない。
「ふふ。私の姿を探してるの?」
明らかに近くで声がするのに、姿は見えない。というより、まるでこの空間自体から話しかけられているような、不思議な感覚だ。
「お姉さまは、この部屋そのものなんだよ! すごいでしょ?」
「正確には、この空間内で見えるものや聞こえるもの、感じるもの全てが私よ。この中では刻まれる時間の流れや、部屋の外では当たり前の概念さえも。全てが、とまではいかないんだけど、ほとんどが私の思うまま。ただし生命体だけはちょっとルールが違うみたいなんだけどね」
……信じられない能力だ。
私も生前に魔法をとことん極めたつもりだったけど、時間や概念まで自分の思い通りにするような能力なんて聞いたこともなかった。
「ただし、この力を得た代償として人間に戻れなくなっちゃったんだけどね……まあそこは覚悟の上だったけど」
人間に戻れない?
それはハイリスクハイリターンな……よく踏み切ったものね。私に似た人種だったのかな。
「……さっきから思ってたんだけど、あなた、私の言葉を理解してるでしょ。ひょっとしてあなたも、元人間だったりするの?」
「私もそう思うわ! パロって人間の会話を理解してるような行動するし、犬なのに時々犬っぽくないもの」
「だったらー、ちょっと待ってね。もしパロが人間の言葉を理解した上で話すこともできるなら……人間でなくても意思疎通できるように、この部屋の概念を書き換えてみるわ」
……そんなことまでできるの? ほんとに何でもありじゃない!
もし聞けるものなら、あとでこの部屋を創り出すに至った能力についていろいろ教えてもらおう。
「んー、こんな感じかな。パロ、もし私たちの言葉を理解してるなら、話すつもりで思念を部屋に飛ばしてみて」
発声は必要ないのね。というか、「発声する」という行動は「吠える」に自動変換されてしまうから発声は無理なんだけど。
(……えっと、こんにちは?)
「え? これってパロの声?」
「試したことなかったけど普通に会話できそうね。一応聞くけど、パロって元人間よね?」
(そうよ。こうして人と会話できる日が来るなんて思ってなかったわ、あなたってすごいのね、ミゼリア。そして、連れてきてくれてありがとう、ミゼリー)
「私もパロとお話できるなんて夢みたい! 改めてよろしくね、パロ!」
私を優しく抱き寄せるミゼリーの様子に、一方のミゼリアはちょっとだけ残念そうな声を出す。
「うぅ、いいなぁ……もふもふ……」
前世人間ですが、犬やってます くさなぎきりん @kusanagikirin
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