第16話・・・勝てる顔/四人目・・・

 白鳥澪華は、自身の『住家』のリビングで粛然と椅子に腰掛けていた。


 目の前の机の上には携帯が置かれており、そこにはとあるメッセージが映し出されている。

 それは黛蒼斗との話し合いの直前・・・・・・・に送られてきたものだ。




『やっほー、柊閃です。


 なんかこういうメッセージで固っ苦しい前置き書くのも面倒だから単刀直入で要件だけ伝えます!


 白鳥さんに特だね情報です!


 僕はこれから落禅くんと『超遊戯ハイ・ゲーム』でちょっくら遊んできます! 勝ったら落禅くんには黛くんとしばらくの間、接触を禁じるように要求するつもりです!


 ………以上! 


 情報っていうか、僕が言いたいのはこれだけ。

 さあ白鳥さん、この内容を踏まえた上で、君はどう出る?』




 澪華は最初このメッセージを見た時、腑が煮え繰り返りそうになった。


 柊閃が好き勝手していることに、澪華は沸騰しそうな頭を必死にクールに回転させた。

 ……すぐに落ち着きを取り戻した澪華はメッセージの内容を見て改めて反吐が出た。


 何が『どう出る?』だ。

 柊閃だってわかっているはずだ。


 黛蒼斗は交渉の場で、必ず人数有利を活かした『超遊戯ハイ・ゲーム』のハッタリをしてくる。


 最初に大きな威勢を見せ、交渉の場を支配するつもりだったは。

 ……強力なカードである落禅康紘を失っていることに気付いていない黛の隙をつき、その『超遊戯ハイ・ゲーム』を受けろと言っているのだ。


 現状澪華と黛の仲間はニ対三。

 十分勝機はある。


 …澪華は『翳麒麟』のことは大嫌いだが、悔しいことにこの提案は魅力的でもあった。

 だが柊の口車に安易と乗ることは澪華の、延いては『首席』としてのプライドが許さない。


 だから澪華は交渉の場で敢えて強気な姿勢を見せることで黛に(何か裏がある?)と落禅のことに気付かせた。

 そして黛が自身の面目を自分で潰す形でこの『超遊戯ハイ・ゲーム』の提案を取り下げるように促したのだ。



 ……しかし、黛蒼斗はそのまま『超遊戯ハイ・ゲーム』を取り下げず、確定させた。


 

(黛蒼斗としては四対四の『超遊戯ハイ・ゲーム』で勝つつもりだ…。確かに人数は二対三で私が不利な方ではあるが、向こうは付け焼き刃の仲間。ここで大勝負に出るには根拠が薄い…。

 この短期間で新たな仲間を引き入れた? いや、黛くんに取って落禅くん脱落は青天の霹靂。…新しい仲間を用意しているとは思ない。仮にいたとしてもそれも付け焼き刃に過ぎない…)


 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐると思考が渦巻く。


 その時、リビングのドアが開いた。


「ただいまー…ってうわっ、わかりやすく悩んでるねー」

 栞咲紅羽がにははと笑う。


 言われて気付いたが、澪華は今首を思いっきり曲げて『ロダンの考える人』の悪化した姿のようになっていた。


 いつもはもっとスマートな姿勢なのだが、大勝負を前にして澪華も無意識の内に力んでいるのかもしれない。



「みーおかっ!」


 むぎゅ、と紅羽が澪華の両頬を両手で掴んだ。


「ダメだよ、そんな顔してる時の澪華は実力の半分も出せないんだから」

 至近距離で紅羽が微笑む。


「もっとほぐしてっ」


 むにむにと紅羽が澪華の顔を揉む。パン生地を捏ねるように揉んで揉んで揉みまくる。


「わかったから!」

 たまらず澪華が振り解く。


「……ふっ」

 そして数秒前の考え込み過ぎていた自分を思い出し、それではダメだなと肩で笑う。

「そうね。もう決まったことには覚悟を決めて、目下最大の懸念点を解消しましょうか」


「……あと二人のメンバー、だね?」

 紅羽の言う通り。


 黛と行う『超遊戯ハイ・ゲーム』は四対四。澪華、紅羽の他にあと二人のメンバーが必要だ。


「一人はもう決まってる」

 澪華が粛々と告げる。

「…今から志を共にする信頼する仲間を探す時間はない。……だから、せっかくだから彼女が貸しと言ってくれてることだし、借りを返してもらう」


「ははっ、いいね」

 同じ人物を思い浮かべている紅羽も賛成の笑みを浮かべた後、天井を見上げた。

「問題はあと一人だねー」


「……その一人も、心当たりあるわ」

 澪華が告げる。

 普通に言ったつもりだが、少し気落ちした感じになったのが自分でもわかった。


「え、そうなの…?」

 聞く紅羽も澪華の様子に気付いて心なしか不安そうだ。

「まさか…あ、いや…」


「なによ、紅羽らしくないわね」

 言葉に詰まる紅羽に、澪華が笑いかけて「でも」と続けた。

「でも、今の紅羽の考えてることはよくわかる。……私が……柊閃を選ぶんじゃないか、そう思ってるのよね」


「……うん」

 少し間を置いて紅羽が頷く。

「澪華はいい意味で清濁併せ持つことを容認してるから…だけど!」


 紅羽が真剣な眼差しで澪華を見つめる。


「柊閃とは組まないよね? ……例え一時的に利害の一致で組んだとしても、『翳麒麟』と組んだらもう澪華じゃないっよ!」


「……ありがとう」

 澪華は心から言った。

 自分に遠慮せずに意見を言いってくれる澪華には助かってばかりだ。


「実を言うとね…」


 澪華は包み隠さず、自分の考えを述べた。


 ……すると、紅羽は唖然とした。



 

 ■ ■ ■




「とんでもないことになったな…ついに『首席』と『次席』の正面対決だぜ」

「ついにっていうか、早すぎねえか? まだ入学して一ヶ月も経ってねぇぞ…」

「それで言ったら『五位』の落禅康紘が早速『翳麒麟』にやられたよな…」

「聞いた話じゃ別の『翳麒麟』も関与してるとかなんとか…」

「なんか大損害だったらしいな。調子乗ってたし、ざまあ見ろってんだよ」

「俺はそう思ねぇよ…むしろ怖いって。『|五核初《コア・ファイブ』でも『翳麒麟』に対抗できなかったんだぞ?」

「マジやばいよな…」「『首席』と『次席』の戦いにも参加してくるのか…?」

「四対四の『超遊戯ハイ・ゲーム』だったよな…具体的にどんな内容なんだ?」「まだ明かされてない。…けど、黛はともかく白鳥さん、メンバー足りるのか? 一人は栞咲さんとして…」

「足りないよな…。まさか…柊閃が仲間になったり?」

「それはねぇだろ! 入学式の時にあんだけ『愚劣』とか『害悪』とか言ってたんだぜ?」

「…でも、今回落禅が脱落したのも、柊閃と白鳥さんが組んでたからって話もあるし…」

「……この争い、どうなるんだ…!?」



 数々の想像と予想が交錯する中、悶々とした気持ちで白虎学園の生徒達は数日を過ごし……ついに『首席』VS『次席』、決戦の日を迎えた。 




 ■ ■ ■




 その日の朝。


 柊閃はぺろりと、下唇を舐めた。


「さあ、メインディッシュを頂きにいこうかな」


 エメラルドルビー両眼オッドアイが、怪しく輝いた。




 ■ ■ ■




 入学からまだ約二週間。


 黛蒼斗との交渉から三日経ち、白鳥澪華は本校舎の『超遊戯ハイ・ゲーム』用の特別室で待機していた。


 簡素な造りの空間の至る所に最新式の監視カメラが設置されている。漆黒の円形ボディでレンズが赤く光って360度縦横無尽に人の動きを捉えている。

 キャスターの付いた金属製の長テーブルが二列に並び、四つの椅子が向かい合っている。


 白鳥澪華と栞咲紅羽は集合時間より大分前に先に現地入りしていた。

「いよいよこの日が来たねっ」

 紅羽が堂々とした満面の笑みを浮かべる。紅羽は本番に強いのだ。


「…ふふっ、頼りにしてるわよ」

 澪華が言うと、紅羽が親指を立てた。

「任せて。傷がうずくぜ…なんちゃって」

 紅羽が左目周りの傷に触れながら厨二病ちっくに言う。


「今ふざけないの」

「あははっ」


 


「おや、今回は白鳥さん達が先でしたか」



 そこへ、黛蒼斗がやってきた。


 後に雹堂莉音と鯨井帯土も続く。


 三人とも雰囲気がいつもより少し違った。

 雹堂は氷のように凍てつく雰囲気がより際立っているし、鯨井帯土も気のせいか大きな巨体から熱が滲み出て極限まで集中力が高まっているようだ。


 黛蒼斗も、淡々とした雰囲気は変わらないが、適度な緊張感と圧迫感が臨戦体制であることを物語っている。


「こんにちは、黛くん」

 澪華が立ち上がり、手を差し出した。

「今日はよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」

 黛は迷うことなくその手を握り返した。

「それはそうと、」


 言いながら、黛は視線を澪華の二つ隣の席・・・・・にスライドした。


 一つ隣の紅羽を挟んだ向こう側に座るその人物と、黛が視線を交わす。



「やはりそちらのチームに入りましたか、詩宝橋さん・・・・・



「うん。今日は敵同士」

 艶やかなサイドポニーを揺らしながら、その少女・詩宝橋胡桃しほうばし くるみが不適に微笑んだ。


 そう。

 澪華の三人目のメンバーは社交界対決を繰り広げた詩宝橋胡桃だった。


 以前、落禅の詩宝橋に対する悪行を成り行きで阻止した時に作った貸しを早速返してもらったのだ。

 詩宝橋ならその貸しがなくても一時的に強力はしてくれたと思うが。


「別にいいよね?」

 詩宝橋が首を傾げた。


「もちろんです」

 黛が頷く。

「むしろよく知らない生徒を相手するより……何倍もやりやすいです」

 前髪で隠れて見えないが、おそらく黛の詩宝橋を見つめる視線は冷ややかなものだっただろう。


 自分を『凡人』と称するぐらいだから侮ることはないだろうが、警戒度もそこまで高くないように思う。


「……それで」

 黛は着席しながら詩宝橋の更に隣の、空席を見る。

「そちらの四人目はまだ到着していないようですね」


「お互い様ですよ」


 そう。

 両者共にまだ三人しか揃っていない。


 一体誰なのか? 探りたい気持ちもあるが、これから雌雄を決する相手だ。余計な言葉を交わしたくない。



 それっきり誰も何も話さない時間が続く。



「あはは、なんだかこの時間って気まずいね」

 しかしこんな状況でも紅羽はいつも通りの調子を崩さなかった。


「まあ雑談する空気でもないしね」

 詩宝橋が眉をハの字にする。



「……じゃあちょっと聞きたいんだけど、」


 と、そこで思わぬ人物が声を上げた。

 雹堂莉音ひょうどう りおんだ。


 紅羽や詩宝橋も「「…っ」」と少し驚いている。

 澪華も同じ気持ちだった。

 あまりこういう場で話しかけてくるタイプだとは思わなかった。


「…何かな?」

 雹堂に見つめられた紅羽が毅然と返す。



片目が見えない・・・・・・・ってどんな感覚なの?」


 ……それは左目を失明した紅羽に対して、無神経な質問だった。



「ちょっと…!」

 すかさず声を張ったのは詩宝橋だった。


 紅羽は女性としては泣きたくなる深い傷を左目周りに負っている。


 引っ込み思案になってもおかしくないのに、いつも太陽のように笑う紅羽は気高く美しい存在だ。そんな女性の心を不躾な方法で傷つけるのは許せないのだろう。


 詩宝橋の気持ちは澪華にもよくわかったが、何も言わなかった。


 ……紅羽にこの程度の煽りは効かないと知っているからだ。



「ふふっ、言わないっ!」


 その紅羽の気持ちに応えるように、紅羽が満面の笑みで答えた。



「…」

 予想外の反応だったのか、雹堂が微かに目を細める。


「雹堂さんっ」

 紅羽は不適で楽しそうな笑みを浮かべた。

「今、ボクがどういう思考・・・・・・をするのか、探ろうとしたでしょ?」


「なんのこと?……って足掻くのもみっともないか」

 一瞬誤魔化そうとした雹堂だったが肩を竦めて素直に認めた。


 そんなことだろう、と澪華も思った。


「雹堂さんって『結果』を出すために貪欲な性格だよねっ。というか、それ以外にあんまり興味がない」

 紅羽が挑戦的な笑みを浮かべる。

「無意味な侮辱をするはずがない。……だとすると、合理的に考えて今の質問の意図は『片目が見えない栞咲紅羽はどんな視点で物事を考えるのか』。そんなところかなって」


「……ご明察」

 雹堂がクールな仕草で頬杖をついた。

「今まであまり片目が見えない人の相手をしたことがなかったからね。煽り口調で聞けば少しでもムキになって話してくれるかと思ったけど、そんなに甘くなかった」


 凍てつくような雹堂の瞳を正面から受け止め、紅羽が片目でにっこりと微笑んだ。

「お褒めに預かり光栄ですっ。……ちなみに、もしかして、」


 紅羽が笑顔のまま若干視線が鋭くなる。



「そういう探りを入れてくるってことは……『超遊戯ハイ・ゲーム』のルールによっては雹堂さんがボクと一対一サシで勝負する可能性もあるってことかなっ?」



「……それについてはノーコメントで」

 雹堂が口端を少し吊り上げる。

 それは肯定しているも同然だった。


 澪華は二人のやり取りを見届けて、この二人は『普凡科』なのよね、と心の中で苦笑した。



 

 ……その時。




「おお〜、早速バチってる?」




「「「ッッ!」」」

 今となっては聞き慣れた声に、激震が走った。



「やっと来ましたか。……柊くん」


 そう、たった今登場したのは『翳麒麟』柊閃だった。

 彼もまた、いつもより一際異質な雰囲気を帯びている。



 そしてその柊閃に声をかけたのは………黛だった。



 ……つまり、そういうことだろう。



「……あれ?」


 柊はエメラルドルビー両眼オッドアイを瞬きして首を傾げながら、唯一これといった反応を見せなかった澪華を見た。


「あんまり驚いてくれないんだ、白鳥さん」


「そんな気はしてましたから。……それに、貴方に驚かされるのはもう慣れました」

 澪華が素っ気なく言う。


 柊は「あははっ」と笑いながら、鯨井の隣の席、黛陣営の席に座った。


「ということで、今日は黛くんの仲間として全力で頑張ります! よろしく!」


 元気いっぱいに挨拶をする柊だが、紅羽や詩宝橋はもちろん、黛陣営のメンバーですら顔に『気味が悪い』と書いてある。



「……黛くん」

 澪華は黛を見て、どこまでも冷静に聞いた。

「悪魔に魂を売ったんですか?」


「悪魔と契約を交わしただけですよ」

 澪華は黛の瞳を見た。


 覚悟は決まっている瞳だ。


(落禅くんを脱落させた張本人と手を組むとは……背に腹を代えてでも『首席』の権限を獲る気ね)


『次席』と『翳麒麟』が手を組んだ。

 予想をしていたとはいえ、こうして並ぶと気が滅入る。

 入学早々にこのような大勝負をすることになろうとは。

 澪華は心の中でいけないとネガティブな考えを振り払った。



「ところで」

 柊をあっけらかんと声を上げる。

「白鳥さんの四人目の仲間は?」


 まだ澪華陣営の四つ目の席が空いていることに柊が触れると、澪華は落ち着いた様子で口を開いた。


「もうすぐ来るわよ」

 澪華が言った直後、……廊下から、足音が微かに聞こえた。


 この部屋は防音ではないが、遮音性は高いので足音が聞こえるということはドアのすぐ外にいるのでは。……そう思ったが、違う。


 その足音はどんどん大きくなっていった。


 来た、澪華はその人物にすぐに思い立った、その時。




「邪魔するぜ」




 澪華の四人目のメンバー・・・・・・・・がドアを開けた。



「…ッ! お前は…!」

 逸早く鯨井が反応する。大きな図体が揺れた。


 続いて同じく驚きを隠せていない黛が悔しがるように口を開いた。

「……なるほど…ッ。そちらの・・・・首席・・の権限・・・を使ったというわけですか…!」


 膨れ上がった筋肉の素晴らしい巨躯を、度を越した前傾姿勢の猫背で台無しにしている男が、「くくっ、一応自己紹介しとくか。」と卑しげな笑みを浮かべながら口を開いた。




「……石不二響悟せきふじ きょうご。今黛蒼斗が言ったように、玄武の『首席』の権限で一時的に白虎学園の生徒の肩書きをもらい、絶賛お困り中の白虎の『首席』の手伝いをするために来た。

 ……お手柔らかなんて概念は捨てて、裸の心で俺にぶつかってこい」



 情報専門の玄武学園『五核初コア・ファイブ・首席』の石不二響悟が、満を辞して、白虎学園一年生のトップ争いに参戦した。



 ………これにて、四対四のメンバーは出揃った。



・白鳥澪華陣営。

『首席』の『権限代理人』栞咲紅羽、『繋ぎ姫』詩宝橋胡桃、『玄武学園『五核初コア・ファイブ・首席』石不二響悟。

 


・黛蒼斗陣営。

『普凡科』でもトップクラスの天才・雹堂莉音、とある『翳麒麟』の元仲間・鯨井帯土、『翳麒麟』の『閻魔』柊閃。



 頂上決戦が、今始まる。















「あれ、もしかして僕のインパクトって大分薄れてる?」



 とことん緊張感のない様子で柊は首を傾げていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る