第15話・・・もう一人の『翳麒麟』/玄武の奇人・・・

『只今落禅様に柊様から受け取った「資料」を送付いたしました。こちら各団体の「偽帳簿」や「偽計画書」となっております。ご確認ください』



 落禅康紘は『神龍シェンロン』の音声を聞きながら、携帯の画面を確認した。


 そこには落禅が土地開発計画があると判断した『資料』の数々があった。

 震える指先でスライドしていくと、中には作成したところを画面録画したものまである。


『以上を持ちまして、「極限二択アンリミット・チョイス 」終了となります。…取り決め通り、落禅様は一ヶ月の間、黛様との接触を禁じます』


 その後も『神龍シェンロン』が『具体的にはお二人の距離が近づいた時にアラームが…』と説明を続けていたが、康紘の耳には入ってなかった。




「……ウソや……ウソやァッ!!」


 康紘はその携帯を床に叩きつけた。

 バキッと画面に亀裂が入る。


「こんなんウソや! 俺は認めんぞ!」

 充血した瞳で康紘は柊を睨んだ。


「……落禅くん」

 柊が落ち着いた様子で言う。

「さすがにそれ・・はみっともないよ」


「黙れッッ!」

 康紘が叫んだ。


「俺はしっかり考えたんや! ……柊閃! お前のことは俺だってちゃんと調べてた! そして思い出したんや! お前はこんな凝った『トラップ』を仕掛けるようなタイプやないやろ! 

 お前はもっとこう…っ、行き当たりばったりでその場に合わせて暴れるタイプのはずや!」


 完全に頭に血が上っているが、康紘は決して冷静さを失ったわけではない。

 染みついた論理思考ロジカル・シンキングをぶつける。


「…へー」

 対して、柊は興味深そうに笑った。

「さすが『五位』だね」

 その笑みは康紘の思考を肯定しているも同然だ。


 そう、入学初日に白鳥澪華しらとり みおか黛蒼斗まゆずみ あおとの間に入り、その場でただのギャラリーだった『普凡科』の生徒を巻き込んだ時のように、柊閃はどちらかと言えば水平思考ラテラル・シンキング

 事前に凝った罠をあまり張らないタイプのはずなのだ。


「そこまで見抜いた落禅くんに特別に教えてあげるよ」

 すると柊が親切心すら感じる柔らかな声を上げた。



「……そのトラップを仕掛けたのは僕じゃない・・・・・



「…………ッ」

 康紘の頭が真っ白になった。


 柊の言葉が理解なかったからではない。……理解してしまうのを拒んでいるのだ。


 康紘に追い討ちをかけるように、柊が口を開いた。

「僕はただ落禅くんが騙されていることに気付いて・・・・・・・・・・・・・・・・・・、それを利用させてもらっただけさ。………僕に喰われるか、彼女・・に喰われるか。残酷だけど、それだけの違いだったんだよ」




「…………」


 ついに康紘は何も言い返せないままへたり込んだ。






「……ありがとう、落禅くん。君のおかげでまた僕は『希望』を見ることができたよ」




 柊は意味不明な言葉を残し、籠坂爛々と共に出口へと歩いていく。


 落禅康紘は二人の後ろ姿を一瞥した後、糸を切られた人形のように項垂れた。




 ■ ■ ■


 


 ……すごかった。


 とにかく、すごかった。


 落禅康紘と柊閃の勝負の結末を見届けて、日野船桂馬ひのふね けいまはそれしか感想が思い浮かばなかった。


 本当に、本当にとにかくすごかったのだ。


 傍から見るだけでは二択問題を外しただけだが、そんな単純な話ではないことぐらい日野船にもわかる。

 日野船には想像も及ばない読み合いがあったのだろう。


 結果は落禅の敗北。

 それも土地開発の話が出鱈目だったこと、それを見抜けずに柊閃を『退学』もされられず、完全敗北だ。


 ……しかし、日野船は落禅をバカにする気持ちなど一切湧かなかった。むしろ心からの称賛を送りたい。



 ………そして一頻ひとしきり余韻に浸った後、ふっと力無い笑みが溢れた。



(……俺は一生、彼らのようにはなれないのだろうな…)



 それは、諦観の笑みだった。



 

 ■ ■ ■

 



 落禅康紘の『七等住家』を後にした柊閃と籠坂爛々は木々に囲まれた山道を歩いていた。


「ふーっ」

 隣で爛々がほっと息を吐いた。

「緊張した〜っ。やっぱりああいうひりひりした勝負っていつも通りじゃいられないや」


「僕も緊張したよ」

 閃も素直に告げた。

「『退学』することは怖くないと思ってたけど、これからこの学園で起こる楽しいことを棒に振るかもしれなかったって考えると、安堵しかないね」


 この先、この学園で閃が見たことない『希望の輝き』が見れるかもしれない。

 目の前の餌にだけ食いつくこの性分からそろそろ卒業して進化する時が来たか。

 

 と、爛々と一仕事終えた後の雑談をしていると。




「お疲れさまですわ。閃さん、爛々さん」



 美しいソプラノボイスが木々に囲まれた空間に響いた。


 そしてその人物は勿体ぶることなく木の影から二人の前に姿を現した。



「やあ」

 閃はその人物に気さくに挨拶した。


「今回は獲物を譲ってくれてありがとう、久遠くおんさん」

 

 その少女の名は久遠旭くおん あさひ

 長い髪を二つのお団子にまとめており、短い毛がぴょんぴょんと跳ねている。しかし髪はもちろん、化粧や着こなしも含めて雑さは目立たない。言葉遣いと仕草からは上品さも感じられる。


 綺麗な二重瞼がねっとりと絡みつくようにこちらを見つめている。


 自由気ままに見えて根っこの『地雷』臭が見え隠れしている少女だ。

 制服の校章は黄色。閃達と同じ一年生だ。


「譲ったなんてとんでもない」

 久遠旭が両手を振る。

「落禅さんに見せた『』の正体に閃さんが逸早く気付いた時、わたくし感動したんですのよ? ……ああ、この方なら託せると」


 久遠旭は親気な笑みで少し近付いてから、ニヤリと黒い笑みを浮かべた。


「おかげで存分に楽しませて頂きましたわ」


 そう。

 落禅康紘に土地開発の『トラップ』を仕掛けたのはこの久遠旭だ。閃がそのことに気付き、久遠に獲物を譲ってほしいと交渉したのだ。


 久遠は爛々に目を向け、笑みを浮かべた。

「撮影ありがとうございます、爛々さん。……落禅くんの急転直下の絶望顔がよ〜く拝見できました」


 その笑みは狂気の喜びに染まっており、閃も人には言える立場ではないだろうが、悍ましかった。


「…ありがと」

 爛々が軽く返す。

 あまり爛々は彼女のことを好ましく思っていないようだ。


「閃さん」

 久遠が閃を呼ぶ。

「この後お時間ありますか? ぜひ貴方と語り合いたいのですが」


 爛々が少し目を細めたのを視界に収めつつ、閃は「ごめん」と肩を竦めた。

「この後も色々とやりたいことがあるんだ」


 白鳥澪華と黛蒼斗の『交渉』も佳境のはずだ。そろそろ動かねば。



「そこを何とか。わたくしと貴方ならとっても有意義なお話ができると思うんですの」


 しかし久遠は引き下がらなかった。笑顔で一歩踏み出し、圧を放つ。



 その態度に爛々が「むっ」として、「ちょっと」と声を張った。

「閃の邪魔は…」


「爛々さん、お口にチャックでお願いいたしますわ」

 だが久遠は爛々の言葉を遮った。


 爛々に見向きもせず、真っ直ぐに閃を見詰めている。


「わたくしは閃からイエスの返事を待っているんですの。……閃さん、わたくしは今、猛烈に貴方と話したいんですの。…この気持ち、受け止めてくれませんか?」


 久遠の言動の節々から狂気が滲み出る。


 対応一つ間違えれば爆発する正に『地雷』のような雰囲気だ。



「………ちょっとウザいなぁ」


 だが閃は空気をぶった斬るように言葉を放った。



「……」

 久遠が目を丸くする。

 まるで狐に摘まれたようだ。


 閃はマイペースに歩き出した。

 爛々もそれに続く。


 すれ違いざま、閃は久遠の肩に手を置いた。

「今度ゆっくり話そう。ちゃんと時間取るから。…それじゃ、また連絡するね〜」

 閃は言いたいことだけ言って、久遠を置いて歩き去った。


 振り向くこともなかったので久遠がどんな様子か閃にはわからなかった。


(久遠さん相手に正直なこと言いすぎたかな? ……まあいいや。後で面倒事になったらその時はその時だ)




「閃さんっっ!」




「っ」

 すると後方から大声で呼ばれた。

 言うまでもなく久遠だ。


 さすがに驚いた閃は爛々と共に振り向くと、久遠は一歩も動かないまま笑みを浮かべていた。


 その笑みは仮初のようであり、心からの感情を込めているようにも見えた。


 ……気味が悪い、と閃は素直に思った。


「一つだけ、よろしいですか?」

 久遠がゆっくりとした口調で、訊ねる。


「どうぞー」

 閃は興味薄げに促した。



 久遠は変わらずゆっくりとした口調で、要求を口にした。


「………わたくしのこと、あさひって、下の名前で呼んで下さい」



 え? どうして? 


 ……喉まで出かかったその言葉を、閃は反射的に呑み込んだ。



(……あー、この辺が落とし所ってわけね)

 閃は肩を落とし、口を開いた。



「オーケー。これから五年間、よろしくね。旭さん」



「はい。長い付き合いになることを心よりお祈りいたします。閃さん」



 一学年に三人だけしかいない、閃と同じ『翳麒麟』の一人。


 幸せな夢を見せた後に絶望の淵へ落とすことをこよなく楽しむことから『夢幻ファントム』と呼ばれる、閃に負けない異常者。


 久遠旭との長い関係が今始まった。




 ■ ■ ■




 『超遊戯ハイ・ゲーム』の結果は対戦した両者から非公開の希望がなければ、原則『牙の標』上に公開される。


 柊閃が非公開希望を出すはずもなく、瞬く間に柊閃VS落禅康紘の『超遊戯ハイ・ゲーム』の結果が通知された。


 

 ◆ ◇ ◇



「…ほう」


 白虎学園生徒会長、羽衣凪織は頭の白いリボンを揺らしながら、携帯の画面を片手に心底興味深そうな笑みを浮かべた。


「まずは落禅くんが餌食になったか」


「……羽衣」

 すると後ろに控えていた長身の鷹形伊助が呆れ混じりに目を細める。

「その言い方は、生徒会長として適切なのか?」


「いつも言ってるだろう? 伊助いすけ

 凪織が微笑む。



「『特世科』も、『普凡科』も、……例え『翳麒麟』であろうと、私が愛する白虎の生徒だ。…私は皆に等しく味方であり、皆に等しく厳格であり、皆が等しく大好きなんだよ」




 ◆ ◇ ◇




「胡桃! これって…!」

 秋瀬薇奈が血相を変えて携帯の画面を見せてくる。


「うん、私も今見た」

 詩宝橋胡桃は慎重な面持ちで頷いた。


(……まさか、あの落禅くんがこうもあっさり退場リタイアさせられるなんて…)


 落禅康紘のことは決して好ましく思ってはいなかったが、実力は認めていた。


 その落禅をくだす『翳麒麟』柊閃はどれほど恐ろしいのか。どのように恐ろしいのか。


 ……今一度、警戒レベルを上げる詩宝橋胡桃。




 そして胡桃と同じように、白虎学園中の生徒、主に新一年生が気を引き締めていた。




 ■ ■ ■




 山を跨いだ先でも。


「おうおうおう!」


 玄武学園の屋上。


 筋肉猫背の石不二響悟せきふじ きょうごがいつもの如く望遠鏡を覗き込みながら雄叫びを上げていた。

「暴れてるねぇ! 『翳麒麟』の柊閃! 早速『五位』の落禅康紘を喰うとはァ! 想像以上だぜッ」


「…『牙の標』には『極限二択アンリミット・チョイス 』っていう『超遊戯ハイ・ゲーム』を行ったことと、勝者が柊閃であることしか掲載されてないね。柊閃がどういう問題を出したかは明かされてない」

 麗峠うららとうげ るるが本日は猿のぬいぐるみを抱えながら石不二の携帯で『牙の標』の内容を閲覧する。


「どうやら第三者のプライバシーに関わる内容に触れていたらその部分は秘匿されるらしいからな。……落禅康紘は上級生絡みの投資に色々と手を出していた。その辺を柊閃が突いたんだろうよ。

 ……『閻魔』と呼ばれる柊閃が一体どのような天国と地獄の二択を突きつけたのか、気になるなぁッ」


 石不二の言葉を聞きながらるるは、

(少なくとも石不二のことだからどういう投資に柊が目を付けたのかわかってるんだろうな)

 と思いながら、その部分には触れなかった。


 それより気になることが『牙の標』上に通知されていたからだ。



「……それよりも気になるのは」


 麗峠がその一番気になる画面を開く。



「白鳥澪華VS黛蒼斗の『超遊戯ハイ・ゲーム』がもう確定・・してる。…これも石不二の想像通りなわけ?」



 そう。

 るるが言った通り、白鳥澪華VS黛蒼斗の『超遊戯ハイ・ゲーム』が『牙の標』の掲示板に通知されていた。


 既に掲示板のコメント欄では『首席』VS『次席』の話題で盛り上がっている。


「くっくっく」

 石不二が肩で笑い、力強い言葉を放った。


「全く検討がつかなかった!」


「ダメじゃん」

 るるが突っ込む。


「ガハハァ!」

 石不二が快活だがどこか粘着質な笑い声を上げた。

「当然白鳥澪華と黛蒼斗が交渉するのは知っていたさ! しかしそこで何らかの駆け引きが行なわようと、大きく進展はしないと想像していた! 

 ……それがまさかこんな最終決戦・・・・が決定してしまうとは…俺の想像力もまだまだだなぁ」


 一見、石不二は意気消沈して空元気を見せているようにも思えるが、違う。


 石不二の集中力が極限まで高まっている、るるはそう感じた。


 いつになく真剣味を帯びた石不二に、るるは訊ねた。

「…その誤算を招いたのは、やっぱり柊閃?」


「ああ」

 石不二が頷く。


 そして全身に力を込め、隆起させた。腕から、首から、顔から、血管が浮かび上がる。


「やはり『翳麒麟』は異質な存在だ! 俺の想像力を阻害する悪要素でしかない! …このままでは森羅万象を『知る』力が著しく低下してしまう!」


 叫ぶ石不二がムキムキにさせた筋肉を魅せるように、るるに振り向いた。


「決めたぞ! 麗峠るる! 俺は、『翳麒麟』を全力で『知る』! 奴らの本質を骨の髄まで知り尽くす!」


「……それはいいけど、暴力はダメだからね?」


「もちろんだ! 俺は頭脳派だからなッ!」


 石不二の頭脳が自分より優れていることは百も承知なのだが、丸太のような腕でガッツポーズを取ってもあんまり説得力ないな、とるるは冷静に思った。


 


 ■ ■ ■



 

『【ご報告】

 黛蒼斗様。

 

 落禅康紘様が柊閃様との『超遊戯ハイ・ゲーム』に敗北したことにより、落禅様は一ヶ月の間、黛様の半径三十メートル以内に近付くことが禁じられました。


 今後落禅様が近付いた場合、両者の携帯からアラームが鳴りますので、予めご了承のほどお願いいたします。

 また、落禅様はこれから一ヶ月間は『四神苑』の監視カメラに映る範囲内で生活をして頂きますので、携帯を所持していなくても近付くことはできません。


 以上の点、何卒よろしくお願いします』



 白鳥澪華との『交渉』を終えた黛蒼斗は、本校舎の一室を借りて、今し方届いた通知画面を開いたまま、部屋の中心に設置された机の上に放り置いている。



「……落禅の脱落はかなりの痛手だ」

 その部屋には黛の他に二人おり、その内の一人である鯨井帯土くじらい たいどが口を開いた。鯨井はソファーに座っており、その鯨のような巨体が深く沈んでいる。

「現状、こちらは俺と雹堂、そして黛の三人。……こんな状態で四対四の『超遊戯ハイ・ゲーム』を受けてよかったのか?」


「それは私も同感」

 鯨井の意見に雹堂も乗る。

「確かに四対四は自分から持ちかけた上に撮影までしてたから体裁もあっただろうけど、やっぱりあの場は一旦引くべきだったんじゃない?って思う。………でも、」

 

 雹堂の最後の付け足しに、鯨井が「?」と首を傾げる。

 

「黛さ、白鳥と交渉中に落禅敗北の通知が届いた時、それと一緒に別のメッセージ・・・・・・・も届いていたでしょ? ……それがあの『超遊戯ハイ・ゲーム』を受けた理由?」

 雹堂がこともなげに言う。

 鯨井はソファーから立ち上がり、「メッセージ?」と眉を顰めている。



「……さすが雹堂さん、目敏いですね」



 黛は薄い笑みを浮かべ、あること・・・・を話した。



 その内容を聞いた、雹堂と鯨井は目を見開いて生唾を呑み込んだ。


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