第17話・・・インフルエンサーと頭(かしら)/スタート・・・


 白虎山内にある庭園の一つ。


『和風』の手入れをされた草木が視界いっぱいに広がる落ち着いた庭園で籠坂爛々はタブレットを立てかけて、これから始まる『首席』VS『次席』の『超遊戯ハイ・ゲーム』を観戦していた。


「…ふふっ」

 爛々は愛おしそうに微笑んだ。


 画面の中で柊閃が『あれ、もしかして僕のインパクトって大分薄れてる?』と首を傾げる姿があまりに可愛かったからだ。


 やっぱり閃のすぐ近くで観戦したかったな、と椅子の背もたれに深く身を預けると、




「こんにちは」



 聞き覚えのない声が耳に届いた。




 視線を向けると、小学生ぐらいの身長・・・・・・・・・の少女がこちらに歩み寄ってきていた。ライオンのぬいぐるみを抱えていて、本当に小学生にしか見えない。


「誰?」


 白虎の白を基調とした制服ではなく、緑を基調とした制服を纏っていることから、どこの学園の人間かは明白だが、詳しい素性は爛々も知らない。


 どこかで見たことがあるような顔、と思いつつ聞く。


「玄武学園、一年HWヒリュー麗峠うららとうげるる。……一応、初めまして」


 自己紹介を聞いて「あー」と爛々が視線を上げた。

「どこかで見たことあると思ったら、インフルエンサーの『るるル』か」


 爛々は思い出した。


『るるル』の愛称で活躍している大人気インフルエンサー、麗峠るる。


 SNSフォロワー200万人超え。

 マイペースに自分が『可愛い』と思うものだけを取り上げ、誰にも媚びない性格が圧倒的な女性支持を得ている。


「玄武学園に入ったんだ、すごいね」


「お世辞ありがと」

 心の篭ってない爛々の社交辞令に、麗峠はぬいぐるみのライオンの腕を曲げながら淡白に返す。


 変に馴れ馴れしくしてこないところが爛々に取っては逆にやりやすかった。


「何の用?」

 爛々から聞いた。

元トップインフルエンサー・・・・・・・・・・・・の私に聞きたいことでもあるのかな?」


現トップインフルエンサー・・・・・・・・・・・・のるるが何を聞くっていうの?」


 すかさず返してくる麗峠と視線を交わした爛々は「ごめんごめん」と肩を竦めた。

「久しぶりに元同業と会ったから少しテンション上がっちゃった。……それで、要件は?」


 爛々が聞くと、麗峠は空いていた椅子に座った。

「今から始まる『超遊戯ハイ・ゲーム』、一緒に見てもいい? 他学園の生徒は『牙の標』見れないから」


 今回の勝負は白虎学園のSNS『牙の標』でしか見れない。


「……まあ、いいわよ」

 少し考えて、爛々は許可した。


 不快に思う部分が僅かでもあればどんな理由があろうと追い返すところだが、麗峠るるは不思議とそこまで嫌な感じはしなかった。


 麗峠は「ありがと」と軽くお礼を述べてから、場繋ぎがてらか、続けて口を開いた。

「ところで、玄武うちの『首席』が参戦したことって、柊閃は予想してた?」


 どういう意図かわからないが、爛々は素直に答えた。

「いや。白鳥澪華の四人目の仲間についてそんな話したわけじゃないけど、予想外だったと思うよ。…ふふっ、さすが『首席』達ってところなのかな」


「……嬉しそうだね」

 麗峠が爛々の反応を見て冷静に言う。


「嬉しいよっ」

 爛々は微笑んだ。

「だって、絶対閃も楽しんでるもん! この状況っ」


 閃は裏でそこそこ暗躍することもあるが、何もかも予想通りの展開というのもあまり好きではない。


 そんな閃の前に玄武の『首席』という極上の『魂の輝き』を秘めていそうな人物が予期せず現れたのだ。


 閃の喜びは計り知れない。


 そして閃が嬉しいと爛々はもっと嬉しい。

 全力で楽しんでほしい、爛々は心からそう思った。




「……(柊閃中心の思考…。すっかり虜なんだね…)」




「ん、何か言った?」


「別に何も」

 麗峠はタブレットに視線を移した。

「そろそろ始まるよ。…るる達はこの頂上決戦を楽しもう」






(………私、耳は良いんだよねぇ)


 多少の陰口は気にしない。

 しかし何事も度を越したら許さない。


 爛々は数瞬、麗峠の横顔を見つめてから、タブレットに視線を移した。


(まあ、今は閃の『輝き』を楽しもっか)




 ■ ■ ■



 

 とある『住家』の一室。


 その男子生徒はソファーにゆったりと座り、大画面を前にして今から白虎学園で始まる『超遊戯ハイ・ゲーム』の画面を開いていた。




かしら



 するとそこへ、別の女子生徒の声がかかった。




「……どうした、乎吹かぶき


「一応確認だけど、何もしなくていいだよな? ……玄武うちの血気盛んな『首席』が帯土たいどのところ行ったけど」


「ああ。……羽衣凪織や他の連中も余計な茶々は入れないみたいだからな。……今回はこの新人達の争いを楽しませてもらうよ」


「オッケー。……それと、やっぱりリビングでみんなと観ない?」


「いや、いい。……俺はここで一人で見る。そういう気分なんだ」


「わかった。みんなにもそう伝えとく」


「頼む」

 乎吹と呼ばれた女子生徒が去っていく。



 かしらと呼ばれた男子生徒はただただジッと、画面の中の様子を眺めていた。



(帯土の活躍にも期待したところだが……、白虎の新人『翳麒麟』、お前もつまらないもの見せてくれるなよ?)



 かしらの視線は、柊閃に注がれていた。




 ■ ■ ■




『時間になりました。これより白鳥澪華様と黛蒼斗様をリーダーに置く、四対四の「超遊戯ハイ・ゲーム」を執り行います』


 白鳥澪華達八人のいる部屋に『神龍シェンロン』の機械音声が響く。


「お、ついに始まったね」

 柊閃が軽い調子で言うが、澪華はどっと肩にかかる重力が倍増したのを感じた。

 これから『首席』の権限を賭けた争いが始まる。

 とても楽観的なテンションにはなれない。


 他の面々もプレッシャーを一層高める中、『神龍シェンロン』が言葉を紡いだ。



『今回行う「超遊戯ハイ・ゲーム」は……「集結ギャザリングポーカー」』



 集結ギャザリングポーカー。名前だけだと想像できるような、できないような。


神龍シェンロン』が説明を続けた。


『リーダーの二人と他六人を別室に分けた形で行います。ゲーム中、リーダーは別室の仲間と連絡を取り合うことはできません。


①まずリーダーにはカードを二枚引いてもらいます。手札二枚が確定し、別室の六人に二人のリーダーの手札が公開されます。


②別室の六人が一枚ずつ、カードを引いて五枚の手札を確定させます。

 この時、六人はランダムにカードを引くのではなく、順番に『数字』と『マーク』を指定してカードを引いてもらいます。


 指定する『数字』『マーク』は今から配る端末に打ち込んでもらいますので、他五人にも公開されません。

 もし指定した『数字』『マーク』が既に別の方に指定されていた場合、再度指定してもらいます。


③リーダーは元の二枚の手札に、味方が指定した三枚の手札を加えた五枚の手札でベッティングに移ります。このポーカーで交換はありません。


④所持チップは50枚。ターンは無制限。ジョーカーを抜いた52枚のトランプを用いて行い、先にチップが尽きた方が負けです』




(……なるほど)

 澪華はルールを聞いて納得した。

(まずリーダー以外の三人で駆け引きを行ってカードを集め、そのカードから仲間達がどんな駆け引きを行ったかを予測し、最後の判断をリーダーが下して勝負するというわけね)


 仮に仲間が駆け引きで後れを取って不利な立場になってもリーダーがその結果を汲み取り、降りれば傷は浅く済む。


(仲間達が築いた武器をリーダーがどれだけ活かせるか、そこがキーとなる)


 澪華はエネルギーを込めるように全身に力を込め、気を高めた。

 やる気十分だ。


『それではリーダーのお二人は別室に移動してもらいます。一つ上の階にある第五特別遊戯ゲーム室に移動して下さい』


 澪華は黛と目を合わせ、タイミングを合わせて立ち上がった。


 そして三人の仲間に目を向ける。


「紅羽、頼んだわよ」

「任せてっ」

 紅羽が晴れやかな笑みで親指を立てる。


「詩宝橋さん、お願いします」

「これで勝ったら、私にもタメ口でお願いねっ」

 詩宝橋が慈しみと楽しみに溢れた笑みを浮かべる。

 こんな時だが、白虎での最初の相手が彼女で本当によかったと思った。


「……仕事はしっかりして下さいよ、石不二くん」

「くははっ! 安心しろぃ! こちとら『信頼』が命だからな。やることはきっちりやるさ!」

 石不二が自身の厚い胸板を叩く。

 悔しいが、実力面では一番頼りになるのは彼だ。

 

 不安はあるが、不満はない。

 賽は投げられた。

 彼の言葉を後は信じるのみだ。



 ちらりと、向かいの黛の様子も見た。

 黛もまた、仲間に声をかけている。


「雹堂さん、お願いしますね」

「うん、わかってる」

 雹堂莉音は目を瞑って粛然と答えた。敵ながら頼りになる存在感だ。


「鯨井くん。……妙な仕掛けに乗らないで下さいね」

「理解している。…この場において、俺はお前の味方だ」

 鯨井帯土に対する黛の言葉は警戒心があった。

 それもそのはずだ、と澪華はこの中で唯一緑を基調とした制服を着る人物を一瞥しながら思った。


 次に黛は柊に目を向けた。

「………」

 しかし何も言おうとしない。

「………なに? 僕にはなんかないの?」

 痺れを切らした柊が催促するが、黛はぷいっと視線を外した。


「…白鳥さん、行きましょうか」

 と完全に柊を無視してドアへ向かう。


「あれ、僕は無視ー? エールとかないのー?」

「ありません」

 それだけ柊に伝えて、黛は部屋を出て行った。


 澪華は「つれないなぁ」と悪戯っぽい笑みを浮かべる柊を尻目に、ドアへ向かった。


「白鳥さんもがんばって。君の『輝き』、期待してるよー」


 澪華は背中に柊の本当に心の篭っていそうなエールを受けながら、何も返事をせずに部屋を出た。




 ◆ ◇ ◇




 別室へ向かう道すがら。


 白鳥澪華は黛蒼斗に声をかけた。

「……柊閃を仲間に引き入れたこと、後悔しますよ」


「……僕のような『凡人』が貴女のような『天才』に打ち勝つには、時に破滅のリスクを負わなければいけないんですよ」


 黛の言い分に、澪華は目を細めた。

「謙虚なのはいいことですが、誤った自己評価は致命的なミスに繋がりますよ」


「安心して下さい。僕は正確に僕という人間を熟知しています。……『天才』の貴女より何千倍も努力して、何千倍もの準備を整えているだけの『凡人』、それが僕です」


「…そう」

 澪華は特に不快感を覚えなかった。


 むしろ黛がしっかり自己評価高いことが確認できて、これからの勝負が楽しみになってきた。


「いい勝負にしましょう」


「いい勝負なんて考えてる余裕は僕にありません。ただがむしゃらに貴女を潰すだけです」

 黛の言葉は淡々としていながら、奥底にメラメラと燃える熱を感じた。


(……この前まではこれほどの熱は感じなかった。…彼も決戦を前に緊張と闘争心で昂っているということかしら)


 相手に取って不足なし。


 澪華は改めて黛蒼斗という最強の相手と戦えることを光栄に思うと共に、全力で潰さんと喝を入れた。






 

 数分とかからず、白鳥澪華と黛蒼斗は『神龍シェンロン』に指定された第五特別遊戯ゲーム室に到着した。


 今澪華がいる階は普段は閉鎖されており、特に重要度の高い『超遊戯ハイ・ゲーム』を行う時に開放される。


 ドアは金属製の自動ドアで、近未来を彷彿とさせる造りだ。

 ウィーンという硬質な機械音を立ててドアが開き、黛と並んで部屋に入ると、既に一人の生徒がいた。



「来たな」



「…鷹形先輩」


 そう。

 二人を迎えたのは白虎学園生徒会副会長、鷹形伊助だった。185センチの高身長なので自然と見上げる形になる。


 鷹形が手の平をテーブルに向けて座るよう促しながら、口を開いた。


「事前に『神龍シェンロン』から説明があった通り、この『超遊戯はい・ゲーム』では中立な立場の生徒一人をディーラーとして招くことになっている。それが俺だ。

 ……念のために言っておくが、俺も一時間くらい前に『神龍シェンロン』から通達された。ルールに関してはついさっきだ。俺はただ山札のシャッフルと、二枚の手札を配るだけ。進行すら基本的には『神龍シェンロン』が行うが、公平なディーリングを約束する」


 確かに、この柔軟なようで生真面目で、あの奔放な羽衣生徒会長を支える鷹形は信頼できる。


「丁寧な説明ありがとうございます」

 澪華が礼を述べる。

「ご安心ください。疑って難癖つけることはありませんから」


「僕も同意見です」

 黛も椅子に座りながら口を開いた。

「『神龍シェンロン』のディーラー選定の基準については念入りに調べさせて頂きました。信頼に値します」


「理解が早くて助かる」


 そして澪華と黛が着席したところで、音声が流れた。



『両者席に着きました。…ではこれより、『超遊戯ハイ・ゲーム集結ギャザリングポーカー』を開始いたします。ディーラーは山札をシャッフルし、リーダーにカードを二枚ずつ配って下さい』




 ■ ■ ■





 別室で待機する六人は、各々で士気を高めていた。




(よし! 髪の毛先から、足の指先まで、全力全開全命を注ぎ込んで、頑張るよっ!)

 と、栞咲紅羽は全身の細胞を奮い立たせ、




(『翳麒麟』、一発ビンタでもかましたいところだけど、今は友達みおかの為にも私にできることを…!)

 と、詩宝橋胡桃は『我欲』を閉じて友の為に身を粉にする決意をし、




(……正直、勝敗をどうでもいいけど、絶対に『実績』だけは作る…!)

 と、雹堂莉音は先々を見通して自分がやるべきことを再認識し、




(この勝負、かしらも見てる。…無様な姿は見せない…!)

 と、鯨井帯土は人一倍大きなものを背負って完全に臨戦体制となり、




(さて、今日だけでどれだけの情報を『もらえる』かねぇ)

 と、石不二響悟は心中でニヤけ、




(頂きますっ)

 と、柊閃はエメラルドルビー両眼オッドアイを妖しく光らせながら、心の中で手と手と合わせた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る