第6話・・・『繋ぎ姫』/ずっと一緒・・・


 黛蒼斗の『住家』。


 広いリビングのある『四等住家』に、黛を始め、詩宝橋胡桃、落禅康紘、鯨井帯土、雹堂莉音の五人は集まっていた。


 今後の為の作戦会議だ。


「言っておくけど、私が最初に白鳥さんの相手をするからね」

 詩宝橋胡桃が開口一番に告げた。


 心を温かく包み込む淑やかな笑みがよく似合う詩宝橋だが、強い口調で他四人に釘を刺す彼女の表情は険しさがある。

 また、その険しさはどこか様になっていた。


 穏和さが目立つ詩宝橋だが、厳格さもしっかり併せ持っているということだろう。


「…そして、」

 詩宝橋が他四人を一瞬の内に一瞥する。

「もう貴方達の出番はない」


 凛然と言う詩宝橋の言葉を受け、「ぷっ!」と『五位』の落禅康紘が真っ先に吹き出した。

「こいつはま〜だそんなこと言うとんのかぁ?」

 落禅がゆらゆらと揺れながら放つ明確な嘲笑に、詩宝橋は一切動じず、無意に反応することもない。


「…ああ」

 そこで『普凡科』の天才こと雹堂莉音は納得がいったように声を上げた。

あの・・詩宝橋胡桃がなんでこんな争いに加わったのか疑問だっけど…なるほど、そういうわけ・・・・・・ね」

 誰に言うでもなく、雹堂は一人頷く。

 その態度から仲間と言えど慣れ合う気はないという意思を感じた。…それかそもそも仲間と思っていないか。


「雹堂は一番最後に加わったから聞いてなかったか」

 そんな雹堂に『翳麒麟』の扱いに一日の長がある鯨井帯土が反応した。

 ソファーに座りながら腕を組む鯨井は自然体でいるだけでも中々迫力がある。


「聞いてなかった」

 雹堂は視線を向けず首を縦に振った。

「…ていうか、私は実績を作る為に黛の口車に乗ったから、出番がないっていうのはちょっとふざけんなって感じなんだけど」

 そう言う雹堂は言葉とは裏腹に無表情寄りの表情だ。本当に怒っているのか、不機嫌かも傍目からだと読みにくい。


「ごめんなさい」

 詩宝橋は瞬時に雹堂へ頭を下げた。

 その流れるような仕草に、雹堂は少しだけ目を見開いた。


「でもこれだけは譲れない」

 詩宝橋が顔を上げ、はっきりと述べる。

「もう手紙も送ってるの。……もし邪魔だてするようなら、貴方達でも容赦はしない」

 詩宝橋が臆さず牽制する。


 それに対し落禅はくつくつと卑しい笑みを浮かべ、鯨井は何も言うまいと不動の姿勢を貫いている。


「好きにすれば」

 直前まで詩宝橋と話していた雹堂が投げやりっぽく言う。


 ふざけるなと言っていた割にあっさり引き下がった。

 つまり先程の言葉は嘘だったのか? ……いや、おそらく詩宝橋胡桃が白鳥澪華を御せるとは思っていないのだろう。


 黛蒼斗は全員の表情仕草を観察しつつ、タイミングを見て口を開いた。

「元より最初は詩宝橋さんにお任せするつもりでした」


 全員の視線が黛に向く。


 黛は詩宝橋へ視線を合わせた。

「全面的にお任せします。もし詩宝橋さんを邪魔するような輩がいれば僕に言って下さい。…僕が代わりに排除します」


「…ありがとう」

 いつも温かみを感じる詩宝橋の言葉だが、今のは冷たさが混じっているように思えた。

 どうやら完璧に信頼されているわけではないようだ。


「この後、軽く今後の打ち合わせをするつもりですが」

 黛は詩宝橋に向けて言う。

「もしよければ詩宝橋さんは席を外して構いませんよ。詩宝橋さんだけは大体何をするか決まっていますし、色々と準備もあるでしょう。これは決して貴女を除け者にしたくて言ってるわけではありません」


「あら、じゃあお言葉に甘えようかな」

 詩宝橋は黛の真意を確かめる素振りを全く見せず、立ち上がった。


 そのまま詩宝橋は軽く手を振って「それじゃあね」と部屋を後にした。




 ■ ■ ■




 詩宝橋胡桃は黛蒼斗の『住家』を出て、整備された山道を少し歩いていた。

(……緊張した…っ)

 胡桃は自分の心臓に手を当てる。自分の大きな胸がばくばくと上下している。


「お、生きて返ってきたね。胡桃」


 そんな胡桃に勇ましい声が掛けられた。


 胡桃はパッと顔を上げ、自分を待っていてくれた女子生徒に笑いかけた。

薇奈らな。……うん、なんとか」

 

 その女子生徒の名前は秋瀬あきせ薇奈。

 大波のようにウェーブを描く長い髪を腰まで流し、ピチッとしたスラックスを履いている。ブレザーもスタイリッシュに着こなしており、さながらキャリアウーマンのような出立ちの女性だ。


 年齢は胡桃と同じなのだが『姉御』という言葉がぴったり当てはまる。勝ち気で少し男まさりな部分もある胡桃の親友だ。


「あんたに言われた通り、もう手紙送っちゃったけど、いいんだよね?」


「うん」

 薇奈の言葉に胡桃が頷く。

「大丈夫。ていうか手紙のことを持ち出さなくても黛くんはちゃんと私に『一番手』を譲ってくれたよ」


「つまり、」

 薇奈がクールに笑う。

「胡桃の予想通りの展開だったわけね」


「そんな大それたものじゃないよ。……例の条件・・・・なら、我ながら私が適任だと思うからね」


「……それじゃ、やるんだね?」

 薇奈が真剣な目で聞く。


 胡桃は「…うん」と、伏し目がちに頷いた。

 そこには薇奈に対する申し訳なさが表れていた。

「ごめんね、薇奈。……いきなりこんなことになっちゃって」


 その時、バシッ! と薇奈に背中に叩かれた。


「何言ってんだっ」

 薇奈が勇ましく笑う。

「私は胡桃を全力でサポートする為に覚悟を決めてこの学園に来たんだ。謝る暇があったら指示の一つでも飛ばしなさい」


 薇奈はリボンではなくネクタイを巻いているが、それは無地だった。『普凡科』の証である。


「…ふふっ、ありがとう」


 この学園で今最も信頼する薇奈から喝をもらい、胡桃は気持ちを切り替えた。


「やるよ、薇奈。……私達の理想の為に」


「おうよ!」




 ◆ ◇ ◇




「……なあ」

 詩宝橋胡桃が出て行った後、落禅が口火を切った。

「ぶっちゃけ、どう思う? …詩宝橋に白鳥を刺せると思うか?」


「…そういう落禅はどうなんだ?」

 鯨井が落禅に聞き返すと、落禅は歯を鳴らして楽しそうに捻くれた笑みを浮かべた。


「ま、無理やろ。詩宝橋の実力は確かなものだと認めとるけど、白鳥の方が何枚か上手やと思う。入学式では『運の要素もあった〜』とか『私に準ずる力〜」とかえらい謙遜しとったけど、『首席』に選ばれただけの実力はしっかり持っとると思うで。

 ……ついでに言えば、近年色んな業界を騒がせとる『神羅界の樹ユグドラシル』の『最界種者ノヴァ・シード』っつう肩書きは運どうこうでなれるものやないやろうからな」

 そこまで言って、落禅が「くっ」と肩で笑って「まあただ…、」と続けた。


「今回は詩宝橋が何倍も有利・・・・・な舞台が用意されとるからなぁ」


 落禅のその言葉に、全員これと言った反応を示さない。言うまでもなく全員理解していたのだ。


「そうですね。この条件・・・・においては『繋ぎ姫』こと詩宝橋さんに大きく分がある」

 黛が天を仰いだ。


「『首席』『最界種者ノヴァ・シード』と言えど、足元をすくわれる可能性は十分あります」




 ■ ■ ■




 『四神苑』の山を下りたところにある街。凰鞍町おうくらちょう


 白鳥澪華や黛蒼斗のように『四神苑』敷地内に『住家』を持たない生徒は、この凰鞍町に住まいを借りている者が多い。

 ちなみにこの凰鞍町を含めた周辺の街を取り纏める市長は鳳凰財閥傘下の者が代々担っている。

 

 凰鞍町に建つマンションの一室。



 柊閃ひいらぎ せんはふかふかなソファーに寝転がりながら携帯を片手に動画を見ていた。その姿は最近の若者そのものだ。

 見ている動画のタイトルは『今やったら逆に面白い! メントスコーラを全力でやってみます!』。

 清潔感に欠けるおじさんがコーラとメントスを用意して意気揚々と視聴者に色々語りかけている。薄い内容をダラダラと長く話しており、要約すると『今誰もやっていないメントスコーラを逆に視聴者は求めている』『思えば自分が最初に感銘を受けたのもメントスコーラだった』『成功したらチャンネル登録・高評価よろしく』とのことだ。

 

 何をもって成功なんだろう? と閃が疑問に思っていると。


「せーんっ」

 閃と携帯の間に籠坂爛々の顔が割って入ってきた。


 互いの鼻が軽く触れ合い、息が肌を掠め合う。

 視界いっぱいの爛々がにっこり微笑んだ。

「ご飯できたよっ」


「ありがと〜」

 閃は爛々の頭を軽く撫でて起き上がった。


 ふりふりのエプロン姿の爛々が「早く早く!」と閃の手を引っ張る。

「じゃーん! 今日は閃の大好物! ビーフシチューで〜す!」


「匂いでわかってたよぉ」

 閃は顔を綻ばせながら椅子に座った。


 爛々もエプロンを椅子にかけて座り、「「頂きます!」」と手を合わせてスプーンを持った。


「ん〜!」

 閃が片頬を膨らませてる。


「やっぱ爛々が作るビーフシチューが一番美味しいや!」


「今日は私達の新しい門出も祝して腕によりをかけたからね!」


 もぐもぐと食べ進めながら、いつも通り取るに足らない雑談をする。

「閃さ〜」

 爛々はスプーンでシチューをかき混ぜながら閃の携帯に目を向けた。

「最近、底辺μtuberミューチューバーばっかり見てるよね。閃がよくわからないものに興味を持つのはいつものことだけど、今回はちょっと長くない?」


 最近の若者はμtubeばかり見ているが、閃は最近登録者100未満、視聴回数50前後の底辺の中の底辺μtuberばかり見ていた。


「だって気づいたんだ!」

 閃がオッドアイの瞳を輝かせる。

「彼らからも希望が得られるって!」


 閃が先程のメントスコーラの人の映像を見せる。

「例えばこの人なんか今どきメントスコーラをやってるんだけどさ、全然面白くなんだ。でもこの人はこれが本気でバズると思って撮影し、カット・テロップなんかの編集もしてアップロードもきっちりやってる。

 レッドオーシャンと化した動画界で自分を信じてがむしゃらに駆けあがろうとしてるんだ。…多分この人もどこか無駄な努力と思いつつ『この道しかもうない!』って全霊をかけてる。…世の中の人間ってこうあるべきなんだと希望と感動をもらえるんだよね」


 若干感極まった様子の閃だが、爛々は「ふーん」と興味薄げだった。

「私にはわからないなぁ。つまらないものはつまらないって思っちゃう」

 爛々は肩を落として顔を伏せた。

「…閃と同じ感覚に近付きたいのに、ダサい服装のおじさんが殺風景な部屋でコーラを目の前にしてるだけでブラウザバックしちゃうな」


「無理に合わせる必要はないっていつも言ってるじゃん」

 しょんぼりする爛々へ、閃は牛肉をスプーンに乗せて「ほらっ」と差し出す。


 爛々は絆されるように息を軽く吐き、あむ、とスプーンを咥えた。

「そうよね! 世の中には趣味が合わない恋人や夫婦もいるんだから、どうってことないよね!」


「あははっ、そうだね〜」

 爛々につられて閃も笑った。


 その後も軽く話し、不意に爛々が「はあ〜あ」と頬杖をついた。

「閃はいいな〜。ほぼ『特世科』と同じ待遇だから授業免除だもんね」


 白虎学園の『翳麒麟』は『特世科』と一部同条件の待遇を与えられている。

 学園で『翳麒麟』が相手をするのは主に『特世科』なので、ある程度同条件を与えられているのだ。


「意外と課題とかいっぱいあるらしいから言うほど『自由』ってわけでもないけどね」

 課題に関しても『特世科』と同じ。授業免除といっても、日々の攻撃や何かのテーマに沿って論文のようなものの提出を義務付けられている。


「ていうか」

 閃が爛々を見る。

「爛々は『普凡科』なんだから授業は受けてよ? 中学の頃みたいにサボって僕とばかり一緒にいたら単位足りずに即退学なんだから」


「わかってるよ〜」

 言いながら爛々は頬を膨らませた。


 不服そうな爛々に、閃は肩を竦ませた。

「別に『特世科』受ければ良かったのに」

 その言葉に嘘偽りはない。爛々なら『特世科』でも受かると確信しているのだ。


「…嫌だよ」

 爛々が首を横に振った。

「……閃が大好きな『希望の輝き』を持つ生徒はどちらかと言えば『特世科』に集まるわけじゃん。私がその『特世科』の枠を潰しちゃったら、閃がその『輝き』と出会える可能性を少し潰しちゃうわけでしょ」


 爛々は手をぎゅっと握りしめた。

「…そんなのヤダもん。閃には全力でこの学園を楽しんでほしい」


 閃は爛々の曇りなき狂気を秘めた言葉にふっと笑った。


「さんきゅ! やっぱ爛々って最高だっ!」

 

「ふふっ!」

 


 爛々は、自分が食べたビーフシチューをわんぱくに食べる閃に見惚れながら、心の中で先程述べた自分の考えに言葉を付け加えていた。



(……それに、『四神苑』を卒業した後も、私と閃はず~~~~~~っと一緒にいるんだもん。ここにいる五年の間くらい、我慢できるっ)


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