第7話・・・入学翌日/協定・・・

 入学式翌日は一日を通して『団体説岐会だんたいせつぎかい』というものが開かれる。


 白虎学園に数多く存在する『団体』に関する説明会の場である。

 部活動はないが、委員会やサークルを始め、学園内の『派閥』や現在進行している『企画の運営』も『団体説岐会だんたいせつぎかい』に参加している。


 広大な講堂をパネルを無数に立てることで数十個のブースに分け、その各ブースに『団体』が入り、興味を持って来てくれた新入生や道ゆく新入生に声がけをして自身の『団体』について説明を行なっている。



 白鳥澪華しらとり みおかは『団体説岐会だんたいせつぎかい』の係員として早速駆り出されていた。


 昨日、澪華は生徒会長・羽衣凪織から生徒会の仮役員としての打診を受け、それを承諾していた。

 仮役員とはバイトのようなもので、正式なメンバーではないが生徒会が企画・運営する裏側を見ることができるのは今後に取って大きなプラスになる。


 そうして澪華は早速入学翌日の『団体説岐会だんたいせつぎかい』の係員として動員されていた。



 澪華の役割は交通整備。

 各ブースを椅子や机、人間が飛び出ていないか、大勢で溜まって道を塞いでいる生徒はいないか、列整備が甘くて回転率が悪くなっているブースはないか、などを見回っている。


 澪華の視点では各『団体』が決められたブースのエリアを小賢しく広げようとしているのが多い印象だった。

 澪華は不正を嫌うタイプだが、企業などの団体を引っ張るリーダーには裏道を利用する小賢しさも必要だと思っている。澪華的にこれは前者ではなく後者の類だったので、素直に感心していた。


 感心しつつ、澪華は上級生相手での堂々と「先輩、ここのパネル、元に位置に戻しておいてください。次はありませんからね」と注意をしていた。

 


 

 やがて澪華の休憩時間になった。

 お昼には少し早い時間帯だったので、自販機で飲み物だけを買って『団体説岐会だんたいせつぎかい』が開かれる講堂から少し離れたところにある多目的スペースに足を運んでいた。


 外の景色がよく見える場所だ。今朝、早起きして栞咲紅羽と一緒に校舎を歩き回って見つけた。

 ここからだと窓外はほぼ大自然で染まっているので心が落ち着く。



「お、早速この場所を見つけるとは目聡いね」



 そこへ、膝まで伸びた赤みがかった茶髪を靡かせながら、羽衣凪織生徒会長が現れた。片手に缶コーヒーを持っている。

「お隣いいかい?」


「もちろん。どうぞ」

 澪華は手の平を返して隣を促した。


「聞いたよ」

 羽衣が座りながら悪戯っぽく微笑んだ。

「黛くんから宣戦布告されたんだって?」


「ええ」

 澪華はなんてことないように肩を竦めた。

「大人しそうな見た目をしてますが好戦的で驚きました」


「あははっ!」

 羽衣が屈託なく笑う。

「その驚いた顔、見たかったなぁ」


「顔に出してあからさまに驚いてはいませんよ」

 澪華はポーカーフェイスには多少自信がある。

 

 あまりに表情に出さないと『何考えているかわからないから関わりたくない』などと返って悪印象を与えることがあるから普段は表情筋をほんの少しだけ緩めているが、その気になれば表情をぴくりとも動かさず静止させることだってできる。


 羽衣は「それは残念だ」と苦笑して続けて口を開いた。

「これは答えなくてもいいが、どういう対応を取るかは決めているのかい?」


「…まずは向こうの出方を見てから動くつもりです」

 澪華は続けた。

「人によっては『傲り』と言われるかもしれませんが、ここで私が慌てて対抗策を取るのは『首席』の威厳に関わると思います」


「なるほどぉ」

 羽衣が楽しそうに頷く。

「『次席』に宣戦布告されて焦る『首席』の構図に見られる展開は避けたいわけだ」


「はい」

 澪華は首肯する。

「『受け身』の姿勢は確かにデメリットも大きいですが、それらを考慮しても『首席』のブランドを貶めたくはないんです。学園の為であり、私の為にも」


「ふふっ、生徒会長としては嬉しい考え方だね」


「それに、」

 澪華が顎を引いて眼に力を込めた。

「…愚劣だが非常に面倒な人物・・・・・・・・・・・・がちょっかいをかけてきそうですからね」


 エメラルドルビー両眼オッドアイの少年の憎たらしい笑顔が脳裏に浮かぶ。


「そちらにも気を配らなければいけません」


「ふふっ」

 羽衣が笑う。

「君達の代の『翳麒麟』については一旦触れないでおこう」


 敢えて関心を示そうとしない様子に羽衣を澪華なりに分析した。

(元より頼るつもりはありませんでしたが、とりあえずは自分達で『翳麒麟』の相手をしてみろ、ということでしょうか。…望むところですよ)


 心の中で果敢な答えを返した。

「…『次席』の件に関しても、私から多くを語ることはないが」

 羽衣は一貫して静観の姿勢であるようだ。

「寝首を掻かれないように気を付けるんだよ」


「もちろんです。…今の私はのんびりしてるように見えてるかもしれませんが、」

 羽衣に、澪華は鋭い視線を向けた。

「……いざとなれば意地を張らず、なりふり構わず私の全てを持って対策は取らせてもらいますよ」


 きょとんとする羽衣に、澪華は不敵な笑みを向けた。



「なんせ、私の目の前にいる人のように『次席・・首席・・を討った・・・・前例も少なくありませんからね」



 かつて入試『次席』だった羽衣が「ふふっ」と大人びた笑みを浮かべた。

「…討ったとは表現が物々し過ぎやしないかい。私としては全力で遊んだ結果に過ぎないんだ。……私が大火傷を負うこともあったが、振り返ってみれば全部良い思い出だよ」


 勝負を遊びと表現する辺りに羽衣凪織の気質が表れているように思えた。


「会長は『次席』になった悔しさはなかったんですか?」

 澪華は昨日の『樹嶺長』との話を思い出しながら聞いた。


 敗者は敗北を糧にとてつもないエネルギーを生み出すと言っていた。

 かつて『敗者』だった羽衣も同じ気持ちだったのか気になったのだ。



「悔しさ? 全然」

 しかし羽衣は首を横に振った。


「こういうことを言うと不快に思うかもしれないが、私はそもそも『首席』や『次席』といった入試の順位にはてんで興味なかったからね。

 ……主な志望動機も『唯一無二の経験をできる環境に飛び込みたい』ってやつで、入れればそれでいいと思ってた。

 ……しかしいざ入ってみれば『次席』で合格。私より上に一人いると知って、全力で遊ばせてもらったよ」


 羽衣の話を聞いても、不思議と不快な思いにはならなかった。

 ただ澪華は漠然と、冷静に(根っからの天才型ってことですか)と分析していた。

「記憶に残る勝負などはありましたか? 言いたくなければそれでも構いませんけど」


 澪華が雑談のテンション感で聞くと、羽衣は缶を口に付けて飲みながら「うーん」と考える。

「勝負……と言っていいのか未だによくわからないけど」

 羽衣はそう前置いて、続けて言った。




「『首席』の彼と、付き合った時のことは忘れられないね」




「ッ!」


 澪華は不意を突かれたように目を見開いた。


 色恋の話で過敏に反応するほどうぶではないと自負しているが、ここでその話題が出るとは思わなかった。


「お、結構驚いてくれたみたいだね」


 羽衣のしてやったりという顔に、澪華は言い返せず「ふん」と自分でも情けなるくらいツンケンした反応しかできなかった。

 ポーカーフェイスが得意という自信も薄れてしまう。


「……どういう経緯で付き合ったんですか。現五年生の代の入試『首席』の方は私もある程度どういう方かは把握いていますが、勝負の一環で付き合う方には見えません…」


「ふふっ」

 羽衣は微笑み、人差し指を立てて唇にそっと触れた。

「そこは企業秘密ということで」


「…そうですか」

 澪華はそれ以上深入りをせず、身を引いた。

(…食えない人ですね)


 澪華が羽衣のお侮れなさを改めて痛感していると、羽衣が「おや」と眉をくいっと上げた。

「もっと目をキラキラさせながら『教えて教えて!』とせっつかれるのを期待したんだがね」


「私がそういう性格に見えたのなら生徒会長向いてないですよ」


「辛辣! いきなり私への態度に棘が生えてないかいっ!?」


「それでは」

 澪華は羽衣の言葉を無視して立ち上がった。

「私はそろそろ休憩時間も終わるのでこれで」


「おーい! 私の声聞こえてるかーい!?」

 羽衣の言葉を背に、澪華はその場を去った。


 こんな対応を取ってはいるが、当然羽衣の敬意は微塵も薄れていない。


(…羽衣生徒会長、卒業する前に一度貴女とも知恵比べを願いたいところです)

 己の目標となる人物を今一度確認できた澪華であった。




 ■ ■ ■




団体説岐会だんたいせつぎかい』が無事に終了したのは午後三時だった。


 係員の者は最後の片付けを総動員で行うだが、白鳥澪華は一年生ということもあり早めに解放された。

 

 白虎山にはロの字方の巨大本校舎の他に、第二校舎、第三校舎といくつかの建物がある。

 総生徒数一万人にも及ぶのでそれ相応の校舎や各分野の専門施設が並んでいる。


 そして白虎山には校舎などの建物の他に、休憩スペースとなる庭園がいくつかあった。

 侘び寂びの趣のある『和』の庭園と、色鮮やかな花々が360度全てを埋め尽くす『洋』の庭園の二つが主な代表例だ。


団体説岐会だんたいせつぎかい』の係員を解放された澪華は、いくつかある『洋』の庭園の一つの入り口前まで来ていた。


「あ、澪華! こっちこっち!」

 その庭園の前で待ち合わせしていた栞咲紅羽が元気に手を振っている。ところどころ外ハネした髪が跳ねるように揺れていた。


「お待たせ、紅羽」

 片手を上げて紅羽に近寄り……その視線をスッと左へ移した。


 そこには大波のようにウェーブを描く長い髪を靡かせるスラックスを履いた『姉御』という呼び名が相応しいスタイリッシュな佇まいの女子生徒が立っていた。


「貴女が手紙に書いてあった案内人でかしら?」


「ええ」

 その女子生徒が毅然とした姿勢で頷いた。

秋瀬薇奈あきせ らなよ。よろしくね」


 秋瀬薇奈。一応入学前に調べていた人物ではあるが、詩宝橋胡桃の相棒であるということ以外は大した情報はない。


「白鳥さん」

 秋瀬薇奈が澪華を呼ぶ。

「悪いけど敬語とか苦手でね。…畏まった場でもないし、お互い同級生なんだ。基本フランクな口調と態度で接するけど、いいかい?」


「構いませんよ」


「そっちも、私や胡桃に敬語使わなくてもいいんだけどね」


「ありがとうございます。ですが私に取ってはこれが普通ですので」

 秋瀬の「そうかい」という気さくな返事を聞きながら、澪華は秋瀬薇奈という人物の本質を早くも察した。


(『首席』の私に対してはほとんどの人は腰が低くなるものだけど、おそらく彼女は詩宝橋胡桃の相棒ということなど関係なし自分のスタイルを貫いている。

 ……それでいて嫌味が全く感じない。……良い仲間をお持ちですね、詩宝橋胡桃)



「こっちよ。付いてきて」

 秋瀬が先導する。


 澪華達のいる庭園は一際広く、多くの区画に分かれている。

 見事に手入れされた草花の通路は澪華達の背丈を優に越えており、正に迷路だった。


 初見だと迷ってしまいそうだが、秋瀬は迷わず歩き進んでいる。

 澪華との対談を前にしっかり下調べをしたのか、既に何度も個人的に利用したのか。


「ここよ」


 ある地点で秋瀬が立ち止まった。


 そこは一見草花の壁に見えるが、視線を落とせば金色のドアノブがあった。

 秋瀬はそのドアノブを捻って中に入る。


 すると澪華の視界いっぱいに『花の楽園』が広がった。


 中央の大理石の噴水は優美な彫刻をまとい、清らかな水音を奏でている。その音色が庭全体に広がり、まるで時間そのものを穏やかに揺り動かしているようだ。

 手入れの行き届いた芝生、庭師の技巧を見せつけるように刈り込まれた生垣、真っ白なテーブルクロスを被った丸テーブルとその上に並べられた陶器のティーセット。


 よく洋画の中で欧州の上流貴族の夫人達が紅茶を嗜みながら談笑している空間と遜色ない品格があった。


「白鳥さん、いらっしゃい」

 その花の楽園で待っていた人物が気さくに手を振りながら歩み寄ってくる。


 詩宝橋胡桃。

 底なしの慈しみを持つ彼女は庭園の雰囲気と見事にマッチしていた。


「あ、でもいらっしゃいって言うのも変か。ここ私の庭ってわけでもないしっ、ふふっ」

 ぺろっと小さく舌を出して微笑む詩宝橋に、澪華は「そんなことありませんよ」と首を横に振った。


「この噴水のある部屋は予約制で非常に競争率が激しいと聞きます」

 澪華は庭園に来るのは初めてだが、利用規約にはしっかり目を通している。

「昨日入学した一年生があっさり予約を取れる場所ではない。…詩宝橋さんが事前に予約していた上級生の方と交渉して譲ってもらったのではないですか?」


「…すごいね、白鳥さん」

 詩宝橋は瞬きを繰り返す。

「うん、その通り」


「そこまで頑張ってこの場所を借りたのであれば、我が物顔で胸を張っていいと思いますよ」


「ありがとう」

 詩宝橋が微笑む。

「立ち話もなんだし、座ろっか」

 大理石の噴水の隣にある真っ白なテーブルクロスが敷かれた丸テーブルを詩宝橋と挟んで澪華は座った。澪華の後ろに紅羽、詩宝橋の後ろに秋瀬薇奈が立つ。


 ちなみにこの噴水のある部屋は外から中の声が聞こえないようになっている。広い空間なので生垣(壁)までそもそも距離があるのと、噴水の音が人の声を散らしてくれているらしい。


「本日はどんなご要件でしょう」

 椅子に座り、最初に切り出したのは澪華だった。


 招待した詩宝橋が進行していくつもりだったと思うが、それでも敢えて澪華は口を開いた。

「黛くんが集めた面々の中で、貴女が一番最初に仕掛けてくることはわかっていました。…しかし、よくよく考えてみればこうして私を呼び出す必要はあまりありません。黙って仕掛ければいいだけですからね」


「…白鳥さんの言う通りよ」

 詩宝橋が姿勢を正す。

「今日は黛くんのとは関係ない件でとある『提案』をしたくて呼んだの」


「聞きましょう」

 澪華が促すと、詩宝橋が意を決した表情で口を開いた。



「白鳥さん、私達で『協定』を結ばない?」 



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