無双できる余地がない

黒澤 主計

もうやだ、この世界

 俺は思うわけだ。


 人生っていうのは、やっぱり主役じゃなければいけないだろうと。

 脇役というのは惨めだ。更に言えば、モブというのはもっと惨めだ。


 誰かすごい才能を持った奴がいて、そいつの活躍をただ見させられる。その他大勢の一人として「わあ、すごい!」とか同調圧力の中で『主役』への拍手を送る。


 そんな瞬間を経験する度に、心の中がチクチクと痛む。

 この痛みを知ってる奴は、きっと俺だけじゃない。


 だから人生ってのは、『無双』できなきゃ意味がないんだ。





 俺の名はアーノルド。

 剣と魔法が存在するファンタジーの世界に、晴れて転生してしまった男だ。


 もちろん、期待は大きい。この世界には可能性が大いにある。何と言っても、『別の世界』の記憶というものを俺はしっかりと持っている。

 これらの知識を使っていけば、この世界で間違いなく無双ができる。


「お、奇遇だな。俺も実は、『転生者』なんだよ」

 十歳になった時だった。学校で同じクラスになった奴から、そんな話を聞かされた。


「え? マジで?」

 俺はさすがにポカンとして、そいつの顔をまじまじと見た。


「うん。俺、前世では心理学者だったんだ。この世界ではまだそういう知識が浸透してないみたいだから、これからその知識を役立てられればいいなって思う」


 朗らかに笑うそいつの顔を見て、どうにも嫌な予感を覚えた。

 そして、その予感は的中していた。


「私、実はトレーダーの知識があるの。この世界ではまだまだ『株式』のシステムがないじゃない? 今後はそういうのを浸透させていって、経済を活性化させようと思って」


「俺は生物学者でさ、この世界はモンスターとか不思議な生き物がいっぱいいるから、以前の知識と照らし合わせてすごい発見とかできたらいいなって思う」


 おいおい、と冷や汗が出てしまった。


「この世界、どうなってやがる」

 俺は一人で呟き、額の汗を拳で拭った。


 もしかすると、クラス全員が転生者なんじゃないか。元々の『あの世界』に住んでいた奴全員が、この世界に引っ越してきているなんてこともあるんじゃないか。


「なあ、みんなでバスケやらないか? この世界ではスポーツが流行ってないだろ。俺、前世でバスケの選手やっててさ、この世界でも是非プロスポーツを浸透させたいんだ」


「そんなことよりサッカーだろ。これからグラウンド作ろうぜ」


 やめろ、と心の中で叫んだ。


 バスケやサッカーなんて、世の中にカーストを作り出すだけの悪しきものでしかない。一部のそれらが得意な奴らがクラスで活躍して、日なたと日陰を作るだけのものだ。


 どうせやるなら、箒に乗って空飛ぶスポーツとかにしろよ。


 とにかく、このままではまずい。





「どうしたもんかな」

 町を歩きながら、俺は必死に方策を練る。


 俺の持っている知識なんて、何もかもが一般人レベルのものでしかない。専門で一つのことに打ち込んできた奴らには勝てる要素なんかないだろう。


 でも、きっとあるはずだ。

 この世界にはなくて、『元の世界』にはあったもの。


 それを再現していくことで、きっと俺は成り上がれる。


「まずは、食べ物かな」

 町を歩き、市場とか飲食店を見る。


「パンは売ってる。小麦もあるからパスタもあるし、ラーメンまであるか。インスタントで茹でるだけの奴まで開発されてるんだよな」

 街並みは石造りで中世風な感じが多く、文明が遅れている印象がある。だが、都市部では結構なんでも揃う。


「紙も出来てて、本の印刷技術もある。更にはゲームまであるんだよな」


 これが一番驚いた。

 コンクリートの道路とか車なんかはないのに、なぜかゲームが存在している。


 魔力を充電して使うことで幻の像を出現させ、コントローラーとなった杖を操作する。

 前世で記憶している『ゲーム』と瓜二つだ。


 この世界では『エスイジエ・エンタープライゼス』というのが最大のシェアを誇っており、あまりに巨万の富を築いたために独立し、現在は『エスイジエ王国』を名乗っている。


「はあ」と溜め息をついた。

 とりあえず、色々と試してみよう。





 失敗が続いた。


 まずは物理の知識をおさらいしようと思ったが、うまく思い出せなかった。

 ここで『てこの原理』とか『光の屈折』とか、知識を人に語ったところで何になるか。


 分子の結合には『魔力子』という世界の根本みたいなものが関わり、それが全ての物質を構成している。これはこの世界の学校でも習うことだ。


「だが、変だな」

 こんなにも多くの人間が『前の世界』の知識を持っているのに、なぜ科学が再現されていないんだろうか。魔力と併用すれば、きっとかなり便利になるだろうに。


「よし」と口にし、自分がそれをやればいいと決意する。


 でも、三十分で挫折した。

 機械、と呼ばれるものを作るには何が必要か。まったく知識がない。


「科学方面はやめよう」





 とりあえず資金だけでも稼ごうと、果物屋でアルバイトを始めた。


「前世で果樹園を営んでたおかげでね。果物の目利きってのが出来るようになったんだ」

 ただの果物屋でも、知識で無双してる人がいた。


「私、昔はペットサロンで働いてて。その応用で、モンスターとも少し触れあえるの」

 モンスターを調教する仕事を試してみたら、『プロ』と遭遇してしまった。


「レスリングの経験があってな。関節技とか、モンスターにも有効なんだ」

 ストレートに冒険者を、と思ったが、やはりアドバンテージの持ち主が多い。


 俺は、空を見上げた。

 雲の流れる様子は、とても綺麗だ。





「気象の変化というのは明確なメカニズムで出来ているの。雲一つ取っても、色々なことを読み取れるのよ」

 ぼんやりと空を眺めていたら、『気象予報士』が前世だったという女に声をかけられた。


「なんかもう、どうでもいいや」

 その辺りでもう、俺は疲れてしまった。


 冒険者となるには、特殊なスキルでもない限りは上昇できる気がしない。そうかと言って、商売をやって成り上がろうにも、作物だとか商品加工の知識で無双する奴らがいる。


 どこに行っても、俺が太刀打ちできる要素がない。





「まあ、人と比較してどうこうってのが、そもそも間違いなんだよな」

 学校を卒業した後は、あえて田舎で暮らすことを選んだ。


 広大な自然の中でのスローライフ。のんびり楽しく暮らすのが勝ちだ。

 そう思い、畑を耕す。羊も飼い、しっかりと愛情を持って育てた。


「やあ、アーノルドさん。調子はどうですか」

 近くで牧場を営む男だった。スローライフ愛好者らしく、のんびりして愛想がいい。


「ええ、最高ですよ。自然の中で、誰とも競わず、そして焦らず」


「そうですね。僕も、こうしてゆるやかに生きるのが一番だと思います」

 しみじみと頷き、俺の言葉に共感してくれる。


「そういうのって、動物たちにも伝わるんですよね。僕は、『前世』でも同じように牧場生活をしていたのですが、動物たちに愛情を持って『君たちが必要なんだ』って伝え続けることで、すくすくと育ってくれるものなんだって」


 つい、笑顔が固まってしまう。


「その甲斐あってか、最近は珍しいタイプのモンスターなんかも飼育することが出来るようになって、繁殖にも成功したんです。おかげで牧場を増築できるんですよ」


「おめでとうございます」

 必死に笑顔を取り繕い、俺は話を打ち切った。





 あれから三十年が経過した。


 無双とか成り上がりとか、そんな感覚が嫌になって、都市部から逃げ出した。スローライフを始めたものの、スローなはずのライフの中でもしっかり無双する奴は存在していた。


 でも、こんな自分でも誇れることはある。


 それは『何も持っていないこと』だ。


「今は、とても穏やかだ」

 毎日ただ、畑を耕す。自然と共に過ごし、その恵みを貰って生きる。


「人間なんて小さなものだ。自然はとても大きく、人はその一部に過ぎない」


 改めて、世の中には俺とそっくりな人間が大勢いる。

 これという特技も持たず、成り上がりも無双も望めない奴ら。そういう奴らがたまに俺のところへやってきて、俺の言葉に心を打たれたような顔をする。


 満足だった。俺は今、人の役に立てている。


 そんな風に、静かな日々を送っていた時だった。


「あなたが、アーノルドさんですね」

 髭を長く伸ばした老人が、俺の畑を訪ねてきた。


「是非、お話をしたいと思いまして。自然と共に生きる意義。その思想をお持ちだとか」


 はあ、と俺は老人に頭を下げる。

「それでは、どうぞ」と相手を小屋に誘おうとした。


 そこでもう一人、ボロを着た老人がやってくる。


「私も、あなたと話をしたいと思いましてね。自然と共に生きること。そして、人とはちっぽけで、世界にとっては誰もが等しいということ。そのことを語り合いましょう」


 老人たちは穏やかに微笑み、俺を挟む形で座り込む。

 何か、普通でないものを感じる。


 この二人の老人は、俺が今まで会った誰よりも強いオーラのようなものを感じる。


「あの、お二人は一体何者なんですか?」

 恐る恐る聞くと、二人は目尻に皺を寄せた。


「別に、何者でもありません。今生では何も為していない、ただの老人です」

「私もです。だが、それでいい」

 二人はしみじみと納得した顔をする。


「ですが、『前世』のことならば漠然と覚えています」

「奇遇ですね。私もですよ」


 また二人だけで完結する。


「途方もない昔、私はかつて、『老子ろうし』と呼ばれていました」

「奇遇ですね。私も大昔に、『荘子そうし』と呼ばれていました」


 特に自分を誇示するでもなく、前世の名前を口にしてくる。


無為自然むいしぜん」老子が言う。

万物斉同ばんぶつせいどう」荘子が言う。


 二人は空を見上げ、強く共感し合っていた。


 そんな二人に挟まれて、俺はぼんやりと目を見開く。

 もう、十分に悟ったつもりだった。人はただ自然と共に、無為を楽しんでいればいい。


 それなのに、『何もなさ』を享受するだけでも、無双する奴が出現する。


「もうやだ、この世界」

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