第17話 心の再生
颯太は深呼吸をし、目を開けた。目の前に広がる世界は、あの日から少しずつ変わり始めていた。あの大震災がもたらした混乱と絶望の中で失われたものは確かに多かったが、その中で彼自身もまた、気づかぬうちに変化を遂げていた。
心の再生とは、どこか遠い場所で行われる奇跡のような出来事ではない。それは、少しずつ、日々の中で、少しずつ芽生え、育ち、開花するものだった。颯太はそのことを、今、まさに実感していた。
これまで、颯太は過去に対する強い拒絶感を抱えていた。家族を失い、愛する人々と離れ離れになり、自分を見失った。あの痛みは、心の深い場所に大きな傷として残り続けていた。理性だけでそれを乗り越えようとすることもあったが、どこかでそれが本当の解決にならないことを知っていた。
「過去を否定してはいけない。」凛の言葉が頭に浮かぶ。彼女が言ったように、過去を受け入れることが、心の再生への第一歩だった。その過去は決して消え去ることはないが、それを受け入れ、今を生きる力に変えていくことができると、颯太は思うようになった。
彼は自分の過去を、もう一度丁寧に振り返ってみることにした。家族との思い出、喜びと悲しみが交錯した時間。それらは確かに辛いものだったが、それが彼を今の自分に育てたのだと思えるようになった。
「失ったものを悼むのは当然だけど、それに囚われて生きるわけにはいかない。」颯太は心の中で呟いた。過去を乗り越えた先に、新たな一歩が待っている。
颯太は歩みを進める中で、少しずつ人々とのつながりを取り戻していった。孤独に閉じ込められていた自分が、他者との関わりを持つことで再び生きる力を見出していく。それは、予想以上に心を温かくしてくれるものだった。
拓海との再会は、そのきっかけの一つだった。拓海は依然として自己啓発に頼っている部分があったが、颯太と共に過ごす時間を通じて、彼なりに少しずつ変わり始めていた。お互いに助け合い、励まし合うことで、少しずつ心が温かくなっていった。
そして、弓子との再会もまた、颯太にとって重要だった。弓子は震災の後、宗教に依存し心の拠り所を見つけようとしていたが、颯太の言葉を受けて、少しずつ自分自身の足で立ち上がる決意を固めていた。彼女の力強さに触れることで、颯太もまた、人々との絆の力を再認識することができた。
凛との絆は、今や颯太にとって欠かせないものになっていた。彼女は颯太にとって、信じる力の象徴であり、心の支えとなる存在だった。彼女が抱える過去に触れることで、颯太は自分の心の深い部分に眠っていた感情を再発見した。それは、単なる理性だけでは乗り越えられない、あたたかい心の力だった。
「信じる力は、他者と共に育てるもの。」凛が教えてくれた言葉が、颯太の心に深く染み込んでいく。信じる力を持つことで、彼は自分を支え、他者を支えることができるようになる。その力は、彼一人ではなく、みんなと共に育て、強くしていくものだと実感した。
颯太は、もう一度空を見上げた。晴れ渡る空の下で、彼は確信していた。過去を受け入れ、今を生き、信じる力を持って前に進むこと。それが、心の再生への道であり、彼がこれから歩むべき道だと。
彼の心は、確かに再生していた。痛みや悲しみが完全に消えたわけではない。しかし、それらと共に生きる力が、彼には備わっていた。それを支える仲間たちがいることを、彼は誇りに思った。
颯太は、胸に手を当て、深く息を吸った。新たな一歩を踏み出すために、彼はここに立っていた。信じる力と共に、未来へと向かって歩き出すために。
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