第9話 感情を受け入れるということ
颯太はそれまで、自分の感情を封じ込めることで日々を乗り越えてきた。震災の悲劇の中で、感情は無意味だと信じ、理性だけで動こうとした。しかし、凛や剛、そして避難所で出会った人々との交流を通じて、彼の心に小さな変化が訪れていた。
ある日、避難所にいた母親が、息子を失った悲しみを抑えきれずに泣き崩れた。その場にいた颯太は、彼女の悲痛な叫びを聞いて足を止めた。
「どうして…どうしてあの子だけが…!」
彼女の声に込められた悲しみが、颯太の胸に鋭く突き刺さる。これまで見ないふりをしてきた、震災で家族を失った自分自身の苦しみが蘇るようだった。
逃げ出すようにその場を離れた颯太は、一人で廃墟の中に向かった。
瓦礫の中で呆然と座り込んでいた颯太のもとに、凛が現れた。彼の様子を見て何も言わずに隣に座る凛。しばらくの沈黙の後、彼女が静かに口を開いた。
「颯太、何かに怯えているの?」
「……怯えてなんかない。ただ、感情に振り回されるのが嫌なんだ。」
「感情に振り回されるのが怖いから、押し込めてるのね。でも、それじゃ苦しくなるだけよ。」
「……それでもいい。俺は弱くなりたくない。」
凛は颯太の言葉に少しだけ微笑んだ。そして、柔らかい声で語りかける。
「感情を受け入れることは、弱さじゃない。むしろ、それが本当の強さだと思うわ。」
「本当の強さ…?」
「自分の感情を否定せず、共に生きること。それが人として前に進む力になるの。」
凛の言葉に、颯太は何かが弾けるような感覚を覚えた。押さえ込んできた感情が、一気に溢れ出した。
震災で家族を失った悲しみ、自分を責め続けてきた苦しみ、そして、感情を閉じ込めていた孤独感。すべてが涙となって流れ出す。
「俺は…ずっと怖かったんだ。感情に飲み込まれたら、何もかも壊れてしまう気がして…。」
「壊れたっていいのよ。それが、人間だから。」
凛の言葉に、颯太は嗚咽を漏らしながら泣き続けた。その涙は、これまで一度も流したことのない、自分自身を許すための涙だった。
涙が止まり、ようやく顔を上げた颯太は、少しだけ晴れやかな表情をしていた。
「俺、感情を受け入れてもいいのかな。」
「もちろん。感情は、あなた自身の一部なの。否定する必要なんてないわ。」
「…ありがとう、凛。」
その日を境に、颯太の中で何かが変わり始めた。感情を受け入れることを恐れず、それを力に変える方法を探すようになったのだ。
避難所に戻った颯太は、以前よりも柔らかな表情で周囲の人々と接するようになった。悲しみに沈む人々に寄り添い、自分なりの言葉で励まそうとする姿があった。
「泣いてもいい。辛い時は、無理に強がらなくていい。」
彼の言葉に、少しずつ心を開く人々の姿が見られるようになった。
颯太はようやく、感情を受け入れることが生きる力になると実感した。そして、それは周囲の人々にも影響を与え始めていた。
感情と共に歩むことで、彼の世界は少しずつ広がり、震災の悲劇の中に希望の光が見え始めるのだった。
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