第8話 絆の力

 震災から数週間が経った。避難所には少しずつ安定感が戻り、人々の間には小さな希望が芽生え始めていた。しかし、その中で孤立していた颯太が、変わり始めていたのは確かだった。


 凛との出会い、拓海や弓子との交流を経て、彼の心に少しずつ「他者を信じる力」が宿り始めていた。




 ある朝、颯太と凛は瓦礫の街を歩いていた。目的は、避難所の人々が必要とする物資を探すこと。水や食料、日用品はどれも貴重で、少しでも見つけることが重要だった。


 その途中、彼らは一人の青年と出会った。彼の名前は篠田剛。短髪で筋肉質な身体を持つ彼は、震災後、孤独に生き抜いてきた。


 「お前たちも物資を探してるのか?」


 剛は颯太と凛に警戒心を見せながらも、少しずつ話し始めた。彼の持つ目つきには、強い決意と、それを覆い隠すような不安が見え隠れしていた。


 「一緒にやれば効率がいい。俺たちと協力しないか?」


 颯太は、少し前の自分なら絶対に言わなかったであろう言葉を口にした。剛はしばらく考えた後、頷いた。




 その日から、颯太、凛、剛の三人は行動を共にするようになった。物資を探す合間に、三人は自然と互いの話をするようになった。


 剛は震災で家族を失い、自らを責めることで生き延びてきた。


 「俺には、何も守れなかった。」


 そう語る剛の言葉に、颯太はかつての自分を重ねていた。


 「一人で全てを背負おうとするなよ。」


 「…何が分かるんだ。」


 「俺も同じだ。理性だけで、感情を捨てて生きてきた。でも、それじゃ何も守れない。俺たちで支え合えばいいんだ。」


 その言葉に剛は驚いた表情を浮かべたが、何も言わずにその場を離れた。しかし、その日の夕方、剛は黙って再び二人のもとに戻り、次の日も行動を共にした。




 ある日、三人は大きな崩れた建物の中で物資を探していた。暗く狭い通路を進む中、突然、床が崩れかけた。凛が足を滑らせて転びそうになった瞬間、剛が素早く手を伸ばし、彼女を引き上げた。


 「危なかったな。」


 「ありがとう、剛。」


 凛の言葉に、剛は照れたように目をそらした。


 それを見ていた颯太は、自然と微笑んだ。


 「俺たちは、ちゃんと助け合えてるじゃないか。」


 剛も、短く頷いた。




 避難所に戻る頃には、三人は以前よりも強い信頼感を持っていた。瓦礫の中で見つけたわずかな物資を手にした彼らは、それを避難所の人々と分け合った。


 その行為は、周囲の人々にも小さな変化をもたらした。物資を奪い合うのではなく、共有することで生まれる連帯感。避難所の中に、かすかな光が差し込んだようだった。


 「信頼って、こうやって生まれるんだな。」


 颯太は凛にそう話した。


 「そうね。信じる力が、私たちを強くする。」


 剛もその言葉に頷き、静かに言葉を添えた。


 「これからも、俺たちは一緒だ。」


 その瞬間、三人の間には確かな絆が結ばれていた。それは、震災という過酷な状況の中で生まれた小さな希望の種だった。


 そして颯太は、自分が少しずつ変わり始めているのを感じた。それは、人を信じる力――絆が生む強さを知ったからこそ芽生えた感情だった。

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