第10話 理性の役割、感情の居場所

 颯太は、感情を受け入れることが少しずつできるようになった。しかし、その一方で、彼の中にまだ強く残る理性への依存があった。感情に流されずに理性的に行動することが、彼の誇りでもあったからだ。だが、凛や他の人々との日々の中で、颯太は次第にそれがどれほど限界のあるアプローチであるかを感じ始めていた。




 ある日、颯太は廃墟となった街を歩きながら、ふと自分の中で葛藤が生じていることに気づいた。理性を持ち続けることで心が守られる気がする一方で、感情を無視し続けることがかえって心を締め付けているような感覚に襲われていた。


 「理性だけでは、もう無理なんだろうか。」


 彼は立ち止まり、空を見上げた。そこで初めて、自分の中で理性と感情が対立していることを認めざるを得なかった。理性は彼を助け、感情は彼を傷つけるという考えが、これまでの彼の基盤だった。しかし、震災後、彼はそれが誤解であることを学びつつあった。




 その夜、再び凛と話す機会があった。颯太は自分の心の葛藤を正直に打ち明けた。


 「凛、俺はどうしても理性に頼ってしまう。感情を受け入れたって、結局理性が無いと何もできない気がして。」


 凛は少し考え込んだ後、穏やかな声で答えた。


 「理性が悪いわけじゃない。理性は私たちを支える大切な力。けれど、感情が無ければ生きている意味も薄れてしまうの。どちらも大切な役割がある。あなたがそのバランスを見つけることが、次のステップよ。」


 颯太はその言葉を噛みしめながら、心の中で理性と感情を天秤にかけるような感覚を覚えた。それぞれが持つ価値を理解し、共存させる方法があるはずだと思った。




 次の日、颯太は再び避難所で過ごしていた。彼はそこで、人々が感情を吐露する様子を見ていた。喜び、悲しみ、怒り、恐れ——それぞれの感情が、言葉や涙となって溢れ出していた。彼自身も、涙を流したことはある。しかし、その時に感じた解放感を、未だに完全に理解していなかった。


 「感情が、こんなにも人を動かす力を持っているのか。」


 颯太は、人々の気持ちを真摯に受け止めることが大切だと気づいた。それは、自分の感情と向き合わせることでもあり、他者の痛みや喜びを共感することであった。感情を無視することは、周囲との距離を生むだけだったのだ。


 その夜、颯太は一歩踏み出す決意を固めた。感情をただ受け入れるだけではなく、理性と共に歩ませる方法を模索し始めた。理性で導く道を感情で彩り、感情の波を理性で安定させる。二つの力が調和することで、自分の心がさらに強く、優しくなると信じたからだ。




 数日後、颯太は避難所の人々と共同で、震災後の生活を少しでも快適にするためのプロジェクトを立ち上げた。理性を活かした計画や仕組み作りと同時に、人々の感情を大切にする方法を考えた。例えば、困難な状況に置かれた人々に感謝の気持ちを伝えることや、共に過ごす時間の中で心の交流を深めることを重視した。


 「理性と感情、どちらも重要だ。これからは、両方を使って生きていこう。」


 颯太はその思いを胸に、人々のためにできることを考え、行動に移していった。理性を捨てることなく、感情を恐れずに生きる道を彼は模索し続けた。




 颯太が築こうとしていたのは、ただ理性的な計画やシステムだけではなく、心が温かくなるような環境だった。感情が無理なく発揮され、理性と共に動くことで、困難な時代を乗り越えていけると信じた。


 彼の心の中で、理性と感情の調和が少しずつ形になり、避難所に新たな希望の光が差し込む瞬間が訪れた。

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