第3話 天音凛との出会い
崩壊した街の中心部を歩く颯太の足取りは、疲労と絶望で重かった。
家族を探し続けても、手がかり一つ見つからない。人々の叫び声や助けを求める声が遠くから聞こえてくるが、すでにその全てが彼には届かなくなっていた。
「もう…どうすればいいんだ…」
瓦礫の山を越えながら、颯太はぽつりと呟いた。
理性で動いていた自分の人生が、もろくも崩れ去った今、彼の中にはぽっかりとした虚無だけが広がっていた。
謎めいた声
「君、大丈夫?」
不意に背後から声がした。
颯太が振り返ると、瓦礫の隙間に立つ女性が目に入った。長い黒髪を風に靡かせ、目はまるで全てを見透かすかのように澄んでいる。その姿はこの破壊された街の中では、あまりにも場違いに美しく、静かな威厳すら漂わせていた。
「…誰だ?」
思わず問いかける颯太。女性は瓦礫を軽々と越えながら近づいてきた。
「私は天音凛。この辺りで避難している人たちを手伝っているの。」
彼女の声には不思議な落ち着きがあり、それが颯太の心のざわめきを一瞬だけ鎮めた。
「君は?ここで何をしているの?」
「…家族を探してる。でも…見つからない。」
颯太は目を伏せ、拳を握りしめた。彼の声には失意がにじんでいた。
「そう…辛いね。」
天音凛は同情も突き放しもしない、ただその事実を受け止めるような口調だった。それが却って、颯太には心地よく感じられた。
「君、助けが必要なんじゃない?」
天音凛はそう言うと、そっと颯太の肩に手を置いた。その手の温かさに、彼の胸にわずかながら安らぎが広がる。
「助けなんて…今さら何ができるって言うんだ。もう何もわからない。」
颯太は首を振り、地面を見つめた。
しかし、天音凛は少しも動揺せず、微笑を浮かべながら言った。
「わからない時は、それでいいのよ。わからないことを受け入れるのが、第一歩だから。」
その言葉は颯太にとって意外だった。これまでの彼は「わからない」という状態を嫌い、常に理性と論理で問題を解決しようとしてきたからだ。
「でも、今はもう…何も信じられない。」
颯太の言葉に、天音凛は少し首をかしげた。
「それでも、生きているんでしょう?」
その問いに、颯太は言葉を失った。生きている。その事実が、今の彼にとってどういう意味を持つのか、わからなくなっていた。
「私のところに来て。君に必要なものを教えてあげる。」
「…必要なもの?」
「そう。君が本当に求めているものよ。」
天音凛の瞳には、不思議な力が宿っているように見えた。抗いがたい引力に引き寄せられるように、颯太は彼女について行くことを決めた。
颯太が天音凛に連れて行かれたのは、街の端にある古びた教会だった。
外観は瓦礫に埋もれ、窓ガラスもほとんど割れているが、内部は意外にも綺麗に整えられていた。そこには避難してきた人々が集まり、小さな灯火の下で食事を分け合っていた。
「ここで、みんなで助け合ってるの。君も、少し休むといい。」
凛の言葉に従い、颯太は渡された水を飲み干した。その冷たさが、彼の疲れた身体をじんわりと癒していく。
「なぜ、こんな状況で君は平気なんだ?」
颯太の問いに、凛は静かに笑みを浮かべた。
「平気じゃないわよ。でも、信じていることがあるから。」
「信じていること…?」
「そう。何かを信じる力が、人を支えるのよ。君にはそれが欠けているみたいね。」
その言葉は、颯太の心に鋭く刺さった。
信じる力――その言葉の意味を探ることが、彼の新たな旅の始まりになるとは、この時点ではまだ気づいていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます