第3話 真祖、人に紛れてみる
新たな文明が生まれて再び数千年ほど経った頃。
遂に、クラティアは父が及第点と考える多種族共生の世を歩み出した人類やそれに連なる亜人種たちを剪定するのを止めることになった。
人間も、エルフも、亜人種たちも、共存の道を歩み、新たな村を、町を、国を造りだす。
とはいえ、やはり知性を持つ以上、争いは起こるが、これまでのように種族を根絶しようとするような戦争は起こらなかった。
「もうそろそろ。妾の手はいらんか」
千里眼を使って人間たちの様子を眺め、根城にしている廃城の一室。
配下に置いた魔物に採ってこさせた果物を頬張りながら、クラティアは満足そうに笑う。
しかし、時が流れ、文明が著しく発展し、魔道科学の力を身に付けた人類たちはどうにも力の使い方を破壊へと向けてしまう傾向にあった。
それだけはダメだ。
大量破壊兵器を開発すれば、近い未来、人類たちはクラティアが滅ぼさずとも自滅する。
それ故に、クラティアは魔物たちに、科学力が発展し、それを兵器に転用する傾向にある国を攻撃するように仕向け、世界のバランスを保ってきた。
状況によっては魔王としてそういう国に自ら喧嘩を売り、またある時はそういう国と対立した別の国の肩を持ち、長い年月を掛け調整をしていったのだ。
そんな甲斐あってか、文明の発展速度はかなり遅くなったが、人類たちの争いは過去に類を見ないほどに減少し、たった数十年だが、全く戦争が起こらない時代も見られるようになる。
この期間。
クラティアは人類たちの生活に目を向け、個人の生き様などを観察をするようになっていた。
単なる暇つぶし程度のことだったが。
国家や文明の動きだけに目を向け、人類たちを存続させるか滅亡させるかと考えるよりは退屈凌ぎになった。
何せ世界中に数十億という単位で人類たちは分布しているのだ。
その全てに、それぞれ生活がある。
例えその生活が貧しくても、豊かでも、幸せに暮らし、そしてどう死ぬかは個人の性質による。
「寿命の長いエルフたちよりも、寿命の短い人間たちの方が生に執着があるのは納得出来る話だ。恋も愛も憎しみも、その苛烈さは人間らしさと言うべきか。面白い種族に進化したものだな」
呟きながら、林檎をかじったクラティアが、魔法で手の内の林檎を捻り潰し、摘出した果汁を口に放り込んだ。
そして、ソファに寝そべると、いつしか世界を構築するシステムの一つとして世に散りばめたダンジョンという魔物たちの様子に目をやる。
どうやらクラティアの思い通りにダンジョンたちは機能しているようだ。
人類は自分たちの生活圏を脅かす魔物からの襲撃に備えながらも、ダンジョンという未知の魔物の胎内に向かい、宝や力を手に入れ、その対価に魔力を世界に還元している。
「魔法主体の文明化に成功したのは嬉しい限りだ。これなら、世界から魔力が無くなることはあるまい。文明レベルが停止する事になっても、お父さまが異世界人を呼んで、新たな知識、価値観、力を手に入れる時に使えるはず。はあ、疲れた。ちょっと、昼寝でもするかな」
世界の状況を確認し終えたクラティアは、眠気のままに目を閉じる。
それからどれほど眠っていたのか。
目を覚ましたクラティアは、再び箱庭の様子を眺めるために千里眼を使用する。
世界が安定し、時が巡っていくのは素晴らしい。
しかし、世界を作っては壊しを繰り返してきたクラティアには世界の安定は退屈でしかなかった。
まさに死ぬほどの退屈。
これまではどうすれば世界のバランスが安定するかと考え、試行し、実践していたクラティアは、いざ世界が安定してきたみると思考を止め、また何か大きな事件、というか戦争でも勃発するまで自らを封印し、眠ろうかと考える。
そして、胸に手を当て、封印魔法の発動準備を始めたのだが「いや、まてよ?」と、クラティアは一つの考えに至り、封印を止める。
「人の世に紛れてみるか。一時の暇つぶしじゃ。直に人類の生活に触れ、妾も世界の一部として暮らしてみよう」
思い至ったら直ぐに行動するのがクラティアという吸血鬼。
クラティアは魔物たちの制御を切ると、自分の本来の能力に多重に封印を掛けていった。
「これだけ封印を掛けても人間やエルフより強靭か。あまりにも性能差があると無差別に破壊してしまいかねん。もう少し能力を下げるか」
ぶつぶつ言いながら、クラティアは更に封印を追加。
とはいえこの体に何か、例えば概念的、肉体的に死ぬ事があれば父である神が、自ら世界を滅ぼし、人類をリセットしかねない。
ここまで頑張って育てたのだ。
それだけは困る。
結論として、封印は施すが、解除も容易く行えるように設定したクラティアは、配下の魔物を一瞥し「今日から妾も敵な」と、満面の笑みで言うと、背中に翼を広げて宙に浮き、根城にしていた廃城の屋根をぶち破って何処かへ飛び去っていった。
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