第4話 カサルティリオという田舎町

 この世界唯一の吸血鬼。


 クラティア・クリスタロスは調停者として、世界の歴史を理想的な形に進めたことで、あとは世界の情勢に介入せず、自らを封印し、眠りについて世界の行末を見守ろうかと考えたが、彼女は思い付きから力を封じ、人の住む大陸へと降り立つ。


「発展率はそこそこ。しばらくはあの町で人間ごっこと洒落込むか」

 

 直接町に降り立って、騒ぎになってしまってはクラティアのいう人間ごっこは成り立たない。


 それを避けるために、町の近くの森に降り立ったクラティアは指を弾いて魔法を発動すると、自らの姿を十代半ばに変更し、服を旅人風の装いに変化させ、街道目指して歩き出した。


 そして、街道に出たクラティアは、明るい空の下を気分良く、町に向かって行く。


「目的もなく、フラフラ歩くのは初めてかもしれんなあ」


 空を見上げ、白い雲が流れていく様子を眺め、遠慮するように優しく肌や髪を撫でていく風を感じながら、クラティアは歩き続ける。


 そして、町の手前で門番を務める初老の兵士に「おっと、少し待ってもらえるかい?」と、呼び止められた。


「なんじゃ? 検問か?」


「検問というほどではないのだが、身なりが随分と良いから忠告をと思ってね」


「忠告?」


「最近冒険者の中でも素行の悪い輩が増えていてね。取り締まってはいるんだが、見たところ一人のようだったから。心配で」


「はっはっは! 若造が妾の心配なんぞ千年早いわ。まあ、その献身に免じて許してやろう」


「あ、もしかして長命種の方かい? いや、それなら申し訳ない。ようこそカサルティリオの町へ。とはいえ最近治安が悪いのは本当なので、お気を付けて」


「ふむ。分かった。頭の片隅には置いておく。では、通るぞ」


 人よりはやや耳が長いことで、クラティアの事をエルフとでも勘違いしたか。

 門番の老兵はクラティアの様子に冷や汗を浮かべたものの、毅然とした態度でクラティアに敬礼すると、道を譲って、掘に掛かる橋の手前の門の壁際に歩いていった。


(町の規模の割には門も橋も石造りか。とはいえ随分とガタがきているようだが。はて? 領主がその辺り無関心なのか、それとも金がないのか。まあ、別にどうでもいいか)


 足元の、力を入れて踏みつければ、間違いなく破壊できる石橋を渡り、クラティアは門番がカサルティリオと呼んでいた町に足を踏み入れた。


 道には石畳が敷かれ、家屋の材料は木と石の混合。

 

 遥か昔。

 かつてクラティアが滅ぼした、魔法科学が発展していた文明に比べると、まだまだ発展途上な世界だが、人はいつの時代でも逞しく生きている。


 カサルティリオは決してこの国の中では大きな町ではなかったが、往来には住人や、何でも屋のような側面を持つ冒険者という武装した人間たちが行き交っていた。


「寝床を探すにしても金がいるな。稼ぐなら手っ取り早いのは冒険者よな。さて、どうするか」


 などと呟きながら、クラティアは冒険者たちが仕事を請け負うための施設、冒険者ギルドを探しながら町の散策を始める。


 土地勘は無いが、それでもクラティアは人の流れや聞こえてくる話し声から推測し、町の中央にある冒険者ギルドに向かって着実に近付いていた。


 そんな時。

 

「お? なんだお嬢ちゃん。どこか行くのかい?」


 と、クラティアは数人の青年に取り囲まれる。

 兵士のような制式装備ではなく、各々好きな武器や防具で武装している辺り冒険者で間違いないようだ。


「冒険者ギルドに行く途中じゃ。金を稼がねばならんのでな」


「へえ。そうなんだ。じゃあ俺たちが案内してやるよ」


「ほう。殊勝な心掛けだな。良きに計らえ」


 なんだこのやけに偉そうな女の子は。とは言わず、外見だけなら絶世の美少女の体目当ての男たちは、クラティアを取り囲んだまま歩き始めた。


 周囲の住人や、まだ未熟な冒険者たちはクラティアが絡まれていると理解してはいるが、保身のために見て見ぬふりを決め込んでいる。


 そんな中で一人だけ、その様子を遠巻きから見ていた、紙袋を抱えた青年は路地裏に入っていったクラティアと、冒険者たちを追いかけていった。

 クラティアを助けようとしたのだ。


 しかし、青年が「止めろ! 憲兵を呼ぶぞ!」と、少女と冒険者たちが入っていった路地裏に駆け込んだ先には、冒険者の青年数人を殴り飛ばし、最後の一人の首を掴み折ろうとしていた少女が佇んでいるのが見えた。


「なんじゃ。お主も此奴らの仲間か?」


「え⁉︎ あ、いや、僕は近くの喫茶店で働いてるただの調理師だけど」


「ほう? まあ良い。興が逸れた。此奴らは捨て置いてやる。お主、この町に住む者ならギルドの場所を知っておろう。案内せよ」


 クラティアの言葉に、青年は断りをいれたいところだったが、倒れている冒険者の青年たちを見て顔を青くし、冷や汗を滲ませると「わ、分かった」と、クラティアを先導して路地裏から出ると冒険者ギルドへの案内を始めた。


 そして、喫茶店で働いているという青年の案内でクラティアは無事に冒険者ギルドに到着。


「礼を言う。大義であったぞ少年」


 と、ニヤリと笑い、白い石材で作られた四角い建物の冒険者ギルドに足を踏み入れたのだった。

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魔王が人類を根絶しない理由 〜吸血姫の婿探し〜 リズ @Re_rize

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