居酒屋ОL歓談記(鼻くそ)

でんもく

第1話 居酒屋ОL歓談記(鼻くそ)


 街の飲み屋のテーブルで、二人の女が酒をのんでいる。

 女子会なんて聞こえのいいものではない。ただのやけ酒だ。


「あ~、もう、フラれちゃったよぉ」

 亜美が愚痴をこぼす。

「そんなに落ちこまないで」

 京子がなぐさめる。

 もう二時間、ずっとこの調子。

「だってさ、ホントに好きだったんだよぉ」

「わかった、わかった。あんたはなにも悪くない。悪いのは、み~んな男だ」

「そうだ、その通りだ。タカシのバッキャローー!」

 酒が入っているから、声がでかい。ほかの客がこちらを見る。

「あ、すいません」

 亜美が大声をあげるたび、京子がかわりに謝る。これじゃ、らちがあかない。


 しょうがないなぁ……


 京子が、とっておきの言葉を伝授する。

「よし、わかった。一瞬で男を忘れられる、魔法の言葉を教えてあげる」

「魔法の言葉? なに、それ?」

「この言葉を言えば、男のことなんかすぐに忘れられる」

「マジで?」

「マジで」

「ホントに?」

「ホントに」

「ねぇ、おせーて。あたしに、それ、おせーてよ」

「いいよ」

 真剣なまなざしで、京子が見つめる。

 見つめられた亜美が、ピンと背筋をのばす。


「男の名前はタカシだっけ?」

「うん」

「じゃあ、こう言うの。『タカシなんてなにさ、鼻クソつけてやる!』って」

「なに、それ」

「魔法の言葉」

「うそだぁ」

「本当だよ」

「そんなの変だよ」

 いぶかる亜美に、京子が言う。

「変じゃないよ。いいから、言ってごらん」

「やだよぉ。意味わかんないし」

「そんなこと言わないで。まぁ、だまされたと思ってさ」

 亜美がしぶしぶ言ってみる。

「タカシなんてなにさ、鼻クソつけてやる」

「もっと大きな声で」

「タカシなんてなにさぁ、鼻クソつけてやるぅ」

「そんなんじゃ忘れらんないよ。もっと叫んで!」


「タカシなんてなにさぁー! いっぱい、いっぱい、鼻クソつけてやるんだからぁーー!」


 その瞬間、まわりのお客が、いっせいに亜美を見る。

「あ、すいません、なんでもないっすから」

 ペコッと頭をさげて、京子が亜美にきく。

「どうだった?」

「わかんないけど、なんか、すっきりした」

「でしょう? これ効くんだから」

「もう、あんな男、どうでもよくなった」

「いいぞ。その調子だ」

「よし、のむぞ」

 亜美がグラスをかたむける。

「おお、のめ、のめ」

「今夜はもちろん、朝までつき合ってくれるよね?」

「それはちょっと……」

「なんで?」

「明日、早いんだよね」

「ふざけんなよぉ。もう、こうなったら鼻クソつけてやるぅー!」

 亜美が本当に鼻クソをほじって、京子の顔につけようとする。

「うわっ、やめてよ、ちょっと。それ、マジの鼻クソじゃん。うわー、汚ねぇー」

 こうして二人の夜は、更けていくのであった。


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居酒屋ОL歓談記(鼻くそ) でんもく @denmoku

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