第4話 ある男は 2

その男の名前は「鉄鉄心」《くろがねてっしん》と言った

鉄心はあの日から好きだった闘いから一歩引き 後身の育成にあたっていた。 いつしか鉄心は「拳聖」《けんせい》と呼ばれる様になる。

だが其は同時に鉄心の居場所を更に奪う事でもあった。 この時、齢63であった


「拳を存分に振るえなくなる日が来るとはなんとも昔では到底考えられないことが来ようとはな」

鉄心はそう所有する道場にて一人ごちた

「思えば拳聖などと呼ばれる様になってからは更にだ」

鉄心が稽古を付けてやると言えば皆が遠慮する〈拳聖〉様に稽古をを付けて貰うなど恐れ多いと

鉄心は此の国にいながらにして居場所が無かった

「最早此処までか」そう言うと傍らにおいてあった瓶に目をやる

その瓶の中身は毒であった

此処まで生きて来たのはもしかしたら自分に挑む者が現れるかもしれないという願い

だがもう其も望めない

「生きてはいるが死んでいるも同じなら地獄に赴いて悪鬼どもと闘うのも一興か」

そう言うと瓶の蓋を開け毒を呷ろうとした時であった

「汝、挑む者を望むか」声が響いた

「何者だ!」鉄心はすぐさま構えた

声こそ怒りを含んでいるが表情は満面の笑みだった

久しく現れなかった自分への挑戦者だと思ったからであった

「汝の求めるものが異なる世界にある」

「其処には汝の求める闘いがある」

鉄心の答えは決まっていた

「此よりは拳聖でなく一人の男として俺を其処に連れていけい!」

この日拳聖の称号を捨てた一人の男が世界から消えた

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