第7話 天秤にかける未来

 玲奈はカフェの窓際に座り、外の風景をぼんやりと眺めていた。秋の風が木々の葉を揺らし、穏やかな日差しがその葉を金色に染めていた。その美しい風景も、今の玲奈の心には届いていない。頭の中は、ある決断を前にして重く、揺れ動いていた。


 裕樹と再会したあの日から、玲奈の心は静まらない。彼が去った後も、その言葉と表情が何度も彼女の脳裏をよぎる。都会で過ごしていた頃の自分、そして彼との時間がどうしても心から消えない。けれど、今、玲奈が選ぼうとしている道は、もうその過去に引き戻されることはないと決めていた。




 「玲奈ちゃん、どうしたの? ずっとぼーっとしてるけど。」梨花が声をかけてきた。


 玲奈は小さく笑い、視線を梨花に向けた。「なんでもないよ。ちょっと考え事をしてた。」


 梨花は心配そうに見つめてきた。「最近、なんだか元気ないみたいだけど……」


 「大丈夫。」玲奈は軽く首を振った。「ただ、少し悩んでることがあって。」


 「悩み?」梨花はじっと玲奈を見つめ、言葉を続けた。「何かあったら言ってごらん。私、話を聞くくらいはできるから。」


 玲奈は一瞬迷ったが、梨花の優しさに触れ、思い切って話し始めた。「実はね、都会に戻るべきか、ここで新しい人生を歩むべきか、すごく迷ってるの。」


 梨花は驚きの表情を浮かべた。「都会に戻るって、どういうこと?」


 玲奈は窓の外を見つめながら、言葉を選んだ。「元恋人の裕樹と会って、あの頃の自分を思い出してしまったの。あの時の私と彼は、確かに幸せだった。でも、今の私は、あの生活に戻ることができるのかどうか分からない。」


 梨花は少し考え込んでから、静かに言った。「でも、玲奈ちゃんは今、ここで新しい自分を作り始めているんじゃない? それに、誠也さんとも出会って、少しずつ心が落ち着いてきたみたいだし。」




 玲奈は少し苦笑しながら答えた。「そうなの。でも、都会の生活も捨てきれない部分があるんだよね。過去を切り離すのは簡単じゃない。」


 「それなら、玲奈ちゃんが選ぶべきなのは、自分が心から安心できる場所じゃないかな。」梨花は微笑みながら続けた。「私は玲奈ちゃんがどこにいても、幸せを感じられるように、ここでも新しい人生を作れるんだって信じてるけど。」


 玲奈は梨花の言葉に少し勇気をもらった。彼女は深く息を吸い込んだ。「うん、私も、そう思う。でも、もう少しだけ迷ってもいいかな?」


 梨花は優しく頷いた。「もちろん。迷うことも、大切なことだよ。無理に決めなくても、心が決まった時に、玲奈ちゃんが進むべき道は自然に見えてくるはず。」


 その言葉が玲奈の心に温かく響いた。梨花の言う通り、無理に急ぐ必要はない。彼女は今、自分のペースで歩んでいる途中だ。都会に戻るべきなのか、ここで新しいスタートを切るべきなのか。それは、時間が教えてくれるものだと思いたかった。




 その夜、玲奈は寝室で一人、天井を見つめながら考えた。彼女は、自分の未来を天秤にかけていた。ひとつには、都会での過去が、もう一方には故郷での新しい生活があった。


 都会には、以前の自分と、裕樹との思い出がある。華やかな街並みや、仕事で忙しい日々が、彼女を成長させ、何かを求めて突き動かしていた。しかし、その生活は、彼女の心に深い疲れと空虚さを残した。何をしても満たされることなく、常に心の隙間を感じていた。そんな生活から逃げるように、彼女は故郷に帰った。


 故郷には、静かな日々が広がっている。誠也との出会いが、彼女に安らぎと心の平穏をもたらしてくれた。ここでの生活は、都会とは全く違って、ゆっくりとした時間が流れている。それでも、故郷に戻ってきた理由の一つは、やはり過去を捨てることができるかどうか、という葛藤だった。


 「私は、どちらの道を選ぶべきなんだろう?」玲奈は自分に問いかけながら、深い眠りに落ちていった。




 翌日、玲奈は誠也と一緒に散歩をしていた。澄んだ空気を吸い込みながら、自然の中で過ごす時間は、彼女にとって最高の癒しだった。誠也は静かに歩きながら、時折彼女に話しかけてきた。


 「玲奈さん、過去を手放すのは簡単じゃないけれど、手放した先に何が待っているかは、まだ分からない。でも、それはきっと、明るい未来だと思います。」


 その言葉に、玲奈はふと立ち止まり、誠也を見上げた。彼の瞳には、深い優しさと信念が宿っている。


 「ありがとう、誠也さん。」玲奈は心からそう言った。


 その時、玲奈は自分がどの道を選ぶべきか、少しだけ見えてきたような気がした。

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