「死にてぇ」という君へ

白川津 中々

◾️

「なーんで生きてんの! なーんで生きてんの! 死にきれないから生きてんの!」


飲みの席に響くあまりにブラックなコール。事の始まりは一時間前。田中が「死にてぇ」と漏らしてからである。


「なんで死にたいのよ」


同僚の加藤が親身な声色でそう尋ねる。この時はまだ、田中に同情的な視線が向けられていた。しかしその優しさにつけ込んだ田中がクドクドと自分語りをはじめ、どれだけ慰めでも「辛い」「苦しい」「生きていたくない」というような事を言うのだ。これに腹を立てたのが後藤で、「人の良心を疲弊させるのはやめろ」と語気を荒らげた。すると田中「すまん俺が悪かった。やはり死んだ方がいいんだ」とまったく響いていない様子で応答。この一言に後藤が拳で応戦し、ドカンと音が響いた。飲み騒いでいた他の連中が一斉に吹き飛ばされた田中を見てどうしたんだと問い、加藤後藤が成り行きを説明すると「それは田中が悪いな」と見解が一致。急遽、田中を殺してやろうの会が発足し、冒頭に至るというわけである。


鳴り止まない自身の死を推すコールの中、田中は「薄情者どもが」と居直り憤慨。掴み掛かろうとするも酔いのため足下覚束ず、倒れる。その光景に周りは異様に盛り上がり「後頭部! 脳震盪! 痙攣からのくも膜下!」と手が叩かれた。


「ちくしょう! なんだてめぇら人の不幸で酒を飲みやがって! そんなに死ぬところが見たいなら俺が殺してやるよ!」


田中は立ち上がり、田中を殺してやろうの会の会員一人に掴み掛かった。胸に巣食っていた感情が、死にたいから殺したいに変わったのだ。

この暴挙に対して他の人間は田中に一発喰らわせてあわよくば絶命させてやろうとしたのだが、ひょいと避けてられ逆に拳をめり込まされて悶絶した。意外にも田中、喧嘩は茶飯事。先は不意打ちにより不覚は取ったが臨戦となれば強い。優劣つかずに酒宴は大乱闘に発展し、いつの間にか見物人も現れる始末。生馬の目を抜く店の大将は見物料を徴収し算盤を弾いていた。収支プラスの見込みで、破損の弁済費用をふっかけてやれば更に儲けが出る計算となりホクホクと目を細める。


「死にてぇんじゃないのか!」


「うるさい!」


田中と加藤が殴り合い、外野が野次を入れ、熱が上がる。そこへ後藤が加わり死闘が激化。一同のテンションはピークに達する。


何から何までエンターテイメント。

生きるとはつまり、ショウである。

楽しくいこう。なにからなにまで。

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